第35話 もう一人のランクS
そうして店の中で遠出するための細々したものをコロアの店で買い、代金を払ったときにコロアが何気なく聞いてきた。
「ところで今回キアナではどこに泊まっているんだい?」
「この前は煙亭という宿だったんだが、今回はギルマスから良いところに泊まってくれと言われてギルドが手配してくれた”翡翠の宿”という看板もない宿に泊まっている」
聞いてたコロアが宿の名前を聞いてお釣りを持っている手を止め、顔を上げてじっとカイを見る。そして時間はあるかいと聞き、カイが頷くとテーブルを勧めた。カイが座るとクズハはカイの肩からお腹に移動してカイの腹の上でゴロンと横になってリラックスする。
カイが座るとお茶を2つ持ってきたコロア。一口飲んでから
「翡翠の宿か…流石にシンプソンだね、わかっている。なるほどね、カイに翡翠の宿を紹介したのか。まぁカイなら十分その資格があるだろう」
1人で話をして1人で納得しているコロア、そしてカイの目を見ながら続けて、
「あの宿はずっと看板を出していないんだよ。それ以外で気づいたことはあるかい?」
「2階建ての建物の2階部分には強力な結界が張られている」
その言葉に大きく頷き、
「受付にいる男には会ったかい?」
「40代後半に見える男か?」
「そうそう」
「会った。見た瞬間に只者じゃないと思ったよ」
カイのその言葉を聞いて再び大きく頷くコロア。
「やっぱり見る人が見ると分かるんだね」
「どういうことだ?」
「その男だよ。カイの前にランクSを名乗っていた冒険者」
その言葉を聞いてびっくりすると同時に納得もするカイ。
「ランクS。道理で。全く隙がなかったよ」
「男の名前はアニルバン。元ランクSの冒険者で賢者と呼ばれていた男さ」
「賢者?」
カイが初めて聞くジョブ名だ。
「そう。後にも先にもアニルバン1人のためのジョブ名だよ。賢者というのはね魔導士もできて僧侶もできる2つジョブ持ちの名称さ」
「そんな人がいたのか」
「アニルバンは昔から精霊魔法と回復、治癒魔法を完璧に使いこなしていた。だからいつもソロでやっていた。カイと同じ様にソロでランクSやそれ以上の魔物を倒しまくってね、そしてランクSになったんだよ」
カイは黙ってコロアの話を聞いている。
「結局アニルバンはパーティを一度も組むことなくランクSになり、ランクSになっても引退までずっとソロでやり通したのさ。そして引退をしてあそこで旅館を始めたんだよ。本当に強い冒険者に泊まってもらいたい、そのための宿を作る。そう言ってね」
「なるほど」
「引退するときは当然だけど大金持ちだった。だから採算度外しで旅館を作りいつか本物の冒険者が泊まりに来るのを待っていたのさ。あの宿の結界は今でもアニルバンが張っている結界だよ」
「凄い男だ」
話を聞いてカイは感心していた。物静かな、だが全く隙がない男。只者ではないと思ってはいたがまさかランクSでしかも2つジョブ持ちだったとは。
「そんな旅館だから今まで客が泊まったことはないんじゃないか。おそらく旅館ができて初めての客がカイ、あんただよ」
「そうだとしたら光栄なことだ」
「フロントでカイを見た時に相手もあんたのことを認めたんだろうね」
コロアの店を出たカイは肩にカーバンクルを乗せて通りを歩いて泊まっている翡翠の宿の門を開けて中にはいる。フロントにはアニルバンと言われた落ち着いた雰囲気の男が今日も立っていて入ってきたカイを見ると部屋の鍵を渡す。それを受け取り、
「ランクSだったという話を聞きました」
鍵を受け取ると頭を下げる
「古い話だよ」
「この結界を見ると今でも相当の実力の持ち主であるのがわかります」
相手を認めているカイは昨日までと違って敬語で話しかける。フロントにいるアニルバンは微笑み、
「私も君の話しは聞いている。ランクSになったアマミのシノビ。半端なく強い。そして強いばかりじゃなく礼節を弁えている冒険者だってね」
「私に泊まる資格があると?」
「なかったら追い出しているさ」
「ありがとうございます」
「毎朝庭で鍛錬しているな。見させてもらっているが相当の使い手だというのが分かる。ランクが上がっても日々の鍛錬を欠かさない。冒険者として当たり前のことなんが最近はその当たり前の事ができいない奴が多い」
その通りだと頷くカイ。
「さっきも言ったが君はこの旅館に泊まる資格が十分にある。ゆっくりと休んでくれ」
「ありがとうございます。明日からダンジョンに潜るのでしばらく遠出をします」
「構わない。部屋はずっと君のものだ」
最後にもう一度礼をするとカイは2階に上がっていった。
綺麗に片付けられた部屋に入るとベッドにどすんと座りこむ。すぐにクズハがカイの腹の上に移動してきた。その体を撫でながら、
「凄い人だよな。2つジョブ持ちなんて初めて聞いたよ。まだまだ大陸にはいろんな人がいるみたいだ。俺ももっと鍛錬しないとな」
撫でられているクズハは大きく尻尾を振っている。頑張れと言っている様だ。
翌朝鍛錬を終えるとフロントに鍵を預けるカイ、そこにいたアニルバンに
「では行って参ります」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます