第28話 イレーヌ
翌日、午前の鍛錬を終えて、昼食を宿の1階の食堂で食べ終わったころ、宿の扉が開いて女性が一人入ってきた。
その人物を見て同じ様に食堂で食事をしていた冒険者や商人が声をあげる。
「イレーヌだ」
イレーヌは宿に入って食堂にいたカイとカーバンクルを見つけるとそのテーブルに近づいていく。今日は戦闘モードではないのか綺麗な金髪は後ろに伸ばしたままだ。肩まで伸びている髪、騎士の制服を盛り上げている胸、そしてとびっきりの美人のイレーヌを宿のレストランにいた客のみならず、従業員も羨望の眼差しで見ている。
イレーヌはそんな視線には慣れているのかそれらを無視して歩いていき、カイと同じテーブルに向かい合う様に座ると顔を上げて視線を合わせたカイを見て、
「カイは今日、王城に行くんだろう?」
頷くカイ
「その出迎えに私が来たんだ」
その言葉にイレーヌに軽く頭を下げ、
「申し訳ないな。わざわざ迎えに来てもらえるとは」
「いや、私が負けた相手に敬意を払うのは当然だ」
目の前にいるのが美人だろうが何だろうが常に同じ態度を変えないカイ。イレーヌの目にはそれが新鮮に映る。たいていの男は好色そうな目でみるか、機嫌をとる卑屈な目で自分を見てくるが、目の前のシノビの目は昨日の会場の時の目と同じだ。澄んでいて一点の曇りも邪念も感じられない。
武道を極めていくと、少々の事では動じなくなるのだろうか。そう思っていると
「国王陛下を待たせては失礼だ。そろそろ行こうか」
カーバンクルを肩に乗せるとテーブルから立ち上がるカイ。
「うむ。せかした様ですまない」
「いや、食事は終わっていた。大丈夫だ」
そうして二人並んで宿を出ると王都を城に向かって大通りを歩いていく。
「馬車だと大げさになるのでな」
「もとから歩いていくつもりだったから平気さ」
通りを歩くと人々がカイとイレーヌを見て言葉を交わしているが、二人ともそれを無視して通りを歩いていく。
「実は昨日の戦いについて城までの道すがらカイの意見を聞こうと思ってな。この出迎えは私が志願したんだ」
「そうなのか。で、昨日の何を聞きたいんだ?」
「聞きたい点は2つ。1つ目は最初のぶつかり合いで剣を合わせた時、私が少し体勢を崩したのはわかったのになぜその時にとどめを刺さなかったのか。そして2つ目はどうして2度目の私の剣の動き、横払いがわかったのか。この2点だ」
昨日の酒場でも話したなと思いながら、
「1点目については騎士に敬意を払ったと思ってくれ」
「敬意?」
「そうだ。実は昨日の夜ギルドの酒場で飲んだ時も話したんだが、これが魔獣相手なら大勢を崩した敵に立ち直らせる機会は与えずにそのまま決着をつけるのが普通だ。ただ、昨日は武道会だ。しかも決勝の相手は今まで対戦したことがない位の腕の持ち主だ。お互いに万全の状態で剣と刀を交わらせてみたかったんだ」
「なるほど」
イレーヌは褒められて悪い気はしない。
「2点目は、あんたが大剣を横払いするのは見えていたからだ」
「見えていた?、私の動きが?」
カイの言葉にびっくりして思わず聞き返してしまう。
「そうだ。最初は大剣を上から振り下ろしてきた。その時の体の動きと2度目のぶつかりあう前の体の動きが違ってた。最初の攻撃との違和感を感じたのさ。違うとなれば今度は上からじゃない、上からじゃないとなると横からしかないと思ってね。右利きのあんたは俺からみて左側から横払いしてくるから左手で持った小太刀で手首を効かせて小太刀を下から上に動かして大剣を弾き飛ばしたのさ」
イレーヌはまさか自分の動きが相手に読まれていたとは夢にも思っておらず、カイの話を驚嘆の思いで聞いてる。
このシノビはただ武器が強いだけじゃない、相手を観察し瞬時に手を打つことができる一流の剣士だ。これでは私が負けたのも当然だ。
「そうだったのか、じゃあ私は負けるべくして負けたってことか」
今の話を聞いてもイレーヌはなぜか全く悔しくなかった。
今隣を並んで歩いているこの相手が強すぎたのだ。常日頃から王都一番だと持ち上げられていたが、自分はその評判に甘んじることなく訓練を続けていたつもりだったが、その自分よりもっともっと激しい訓練を積んでいた人間がいたんだ。
「それにしても初めて会ってすぐに癖や動作を読み切れるのは凄いな」
イレーヌが感心して言うと、
「俺の出身のアマミでは鍛錬の時に徹底的に相手を見極める訓練をさせられる。一目見て相手の弱点を探したり、相手の次の動きを読み切る鍛錬だ。でないと初見の魔獣なんかに簡単にやられてしまうからな。その鍛錬を長きにわたって続けていたので自然と身についてしまったんだよ」
イレーヌはカイという男に非常に興味が湧いていた。強いだけじゃなく礼節もわきまえている。並んで通りを歩いているカイを横から見ながら、見た感じはそこまで凄腕には見えないが、本当の一流というのはそうかも知れない。この男に鍛えてもらえれば私はもう一段以上高みに登れる。そう確信させる程の強さを隣を歩く男から感じていた。
「シノビは武術に優れ、魔法も使えると聞いているが?」
「魔術というが、俺も使える。武道会では使わなかったが」
あっさりと言うカイの言葉を聞いて、
「そうなのか。となると益々私には勝てる要素がなかったと言うことになるな」
カイは黙っていたが、イレーヌはこのシノビは自分の全力を出さずにあれほど私をあっさりと倒したのか。こちらは全力で向かっていったというのにと内心で感嘆している。武術を極めた者同士だけが理解できる感覚だ。
「ところでその肩に乗せているカーバンクルだが、カイは神獣をティムしているのだな」
カイは頷き、
「こいつはクズハという。強化魔法をかけてくれるのでソロでダンジョンなんかに潜る時には強い味方さ」
「なるほど。どうして武道会では強化魔法を貰わなかったのだ?」
「それも敬意だ。相手が素でくる時はそれに合わせる。あの武道会では相手と同じ条件にして自分がどこまでやれるかを見極めたかった」
もうカイの言葉に驚かなくなっていたイレーヌ。そして肩に乗せているカーバンクルを見ながら
「なるほど。それにしても可愛いな。触っても構わないか?」
イレーヌがそういうと、
「クズハ、いいよな」
カイが言うとクズははカイの肩からジャンプしてそのままイレーヌの肩に飛び乗った。
「軽い。ほとんど重さを感じない」
肩に乗ったクズハの頭から背中を撫でながらイレーヌが驚いた様に言うと、
「何故だかわからないが、重さを感じないんだ。だから普段は俺の肩に乗っていても全然邪魔にならない。ちなみに食事もいらない様だ。何を食ってるのか謎だけどな」
イレーヌは肩にクズハを乗せたまま通りを歩いている。隣を見るとシノビの衣装に身を包み左右の腰に刀を指しているカイ。その2本の刀を見て
「二刀流か。私も片手剣の二刀流をしてみるかな」
独り言の様に言ったイレーヌの言葉に、
「イレーヌなら片手剣2本の二刀流も十分できるだろう」
カイはあっさりと言う。
「本当か?」
思わず立ち止まって思わず大きな声を出してしまう。すれ違う人が何事かとイレーヌに視線を向ける。カイはそんなことは全く気にしていなくて、一瞬止まるとまた歩き始め、
「ああ。剣捌きを見ればわかる。イレーヌの剣は鋭い。大剣をあれほど縦横無尽に振れるのなら、片手剣2本持っても何ら問題ない。それに両手に持つと攻めと守りの幅が広がる。左手で相手を受けながら攻撃できるし、両手で同時に攻撃もできる。2本の剣を自由自在に扱えるのは簡単ではないが、イレーヌなら問題ないな」
昨日の試合で全く歯が立たなかったカイからそう言われると自分でもできる気がしてくる。
「一昨日の準決勝で両手に斧を持っていた戦士をあっさりと倒していたが?」
「あいつは2本の斧を使いこなしていなかった。ただ腕力にものを言わせて力任せに振り回してるだけで対戦してみると隙だらけだった。あれを二刀流とは言わない。二刀流は腕力だけじゃなくて手首の力や全身の体の使い方も必要だ。イレーヌ程の剣使いなら片手剣2本の二刀流は成功するよ」
「カイに言われると自信になるな。とはいえ片手剣はほとんど持っていない」
イレーヌの言葉にカイはアイテムボックスから1本の片手剣を取り出し、
「これはダンジョンの中で見つけた片手剣だ。鑑定してもらうと通常攻撃に加えて火の精霊効果が付与されるらしい。イレーヌが本気で片手剣の二刀流をするならこれは使ってくれ。差し上げる」
渡された片手剣を手にとってみるといかにも業物だというのがわかるほどで
「良いのか?」
「俺は刀しか使えない。この片手剣は本当の剣士に使ってもらおうと思って持っていた。イレーヌなら十分にその資格があるよ」
「ありがとう」
そうして片手剣を受け取って持っているイレーヌに、
「後1本は王家から貰えばいいじゃないか。聞くところ優勝しても王家の宝物を辞退し続けてるって。国王に頼めば1本くらいくれるんじゃないの?」
「どうだろうか」
「まぁ、無理だったらまた探せば良いだけの話だ」
あっさりと言うカイ。
そうしている内に城の門が見えてきた。
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