第1話 私
捕虫器の蟲は、電飾に触れた途端に燃え尽きて死ぬ。
終焉に奏でる音は、実に潔く美しいものだ。
バチバチと消える。
バチバチと存在を知らしめながら、あっけなく終わる。
バチバチ・・・バチバチと・・・。
露草色をした宇宙、とでも云おうか。
私はそこから見ている。
先程まで胎児だった私は既に覚醒し、自我を持ち、客観的に世界を見ている。
勿論、人格も形成されている。
私は統合の象徴。名前など要らない。
育ちは南九州の片田舎で、父は県議会委員。
病弱だった母親はとっくの昔に死んだ。
顔も知らない。
北九州国際大学文学部史学科を卒業した私は、東京の吉祥寺に住まいを借りて、本格的に執筆活動を始めたがうまくいかず、親の仕送りで食い繋ぎながら途方に暮れていた。
将来を悲観する毎日と、妄想に耽る好奇心が知らずのうちに私を蝕んでいった。
急速に覚醒したのは防衛本能だろう。
それでいて居心地の良い場所で、死生観に想いを巡らせているとは甚だ滑稽だ。
人間とは実にご都合主義である。
バチ・・・バチ・・・。
頭の中で音がしている。
ぎょろりとした目が、私を見ている。
くっきりとした二重瞼。
目頭は整形した痕が見て取れる。
薄く上品な化粧だが私は騙されない。
オマエは、そんな潤んだ瞳で何人の男を騙して来たんだ?
聞いてやろうか?
意気地がないなら私が聞いてやっても良いぞ。
冗談だよ、安心してくれ。
私はそんなゲスな人間ではないから、身体を楽にすればいいさ。
揺りかごを覚えているか? 忘れてしまったなら産湯の記憶でも良い。
あの頃の感覚に浸るべきだと私は思う。
どうしてかって?
君は限界なんだろう?
・・・バチバチ・・・バチバチ・・・。
面会室には女ひとりしかいない。
勾留されてまだ2日目だから、国選弁護人ではない。
だとしたら金は誰が払ったんだ。
あてもなく彷徨い続けた死に損ないに、弁護費用を工面する物好きがいるとは呆れる。こいつはただの出来損ない。
それ以上でも以下でもない。
薄汚れた壁と、脂で汚れた壁掛け時計。
その真下のパイプ椅子に腰掛けて、定まらない目線の死に損ないは、貧乏ゆすりをしながら女弁護人の質問に答えてはいるが、消え入りそうな声のせいで何度も聞き返されている。
こうした挙動不審な振る舞いも理解は出来る。
何せあの日・・・事件当日は眠らされていたのだし、都合よく脚色された記録だけでは、現実世界と対峙は出来ない。
だから私が覚醒したのだが、表に出る前にもう少しの間楽しもうと思う。
私だって、鮫島結城と云う人物を分析しなくてはならないし、良い素材は研究する価値はある。
ー素敵な物語が描けそうな逸材ー
鮫島結城はそうなり得る、秘めた何かを持っていた。
中性的な美貌と、艶やかでキメの細かい肌の質感。
見せかけの男の姿で女の色気を漂わせ、絡みつく長い指先で人の心をを惑わす。関係に至ったら最後、その甘美の沼からは這い上がれないだろう。
奇妙なことに、結城本人もそうだ。
一生もがき苦しむ自慰行為に、遂には果てて墓場へ入る。
後始末は蟲がする。
そうなるのを待ち望んでいるのか?
だから死にたがりなのか?
「鮫島さん、本当に何も覚えていないのですね?」
女弁護人の言葉に、結城の厚ぼったい唇は震えている。
ラズベリージャムのような質感。
触りたい。
私は問いかけた。
触ってもイイか?
「・・・だ、だれ?」
「触ってもイイかな?」
「・・・」
女弁護人は不思議そうに見つめている。
大きめの瞳。
青みがかった白目。
悪くない。実に健康的だ。
だが忠告しておく。
深入りはするな。
深入りはするな。
深入りはするな。
こいつはただの死にたがりの出来損ないだ。
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