私の好きなモノ

宵闇(ヨイヤミ)

第1話

近頃は天気が良く、いい秋晴れが続いている。朝夕は冷え込んできて、冬が近付いてきていることを実感させられる。

私の家の近くに林があり、そこには紅葉やイチョウなどがあり、この時期になると綺麗に色ずいている。毎年それを見るのが私の些細な楽しみである。

「菜々、ぼうっとしてどうしたの?」

声を掛けてきたのは親友の香穂だった。

「嗚呼、香穂か。何でもないよ。ただ、そろそろ紅葉が見頃かなと思ってさ」

「今年も見に行くつもり?」

「勿論行くよ。綺麗で好きなんだ」

あの場所には、物心着いた時から行っていた。家から近いということもあり、よく遊びに行ったものだ。何か遊具があるわけでも、友人が好きな場所だという訳でもない。

私はただ、自然が好きなんだ。背の高い木々に囲まれており、静かでとても落ち着くことが出来る場所だ。

「ねぇ菜々、私も一緒に行っていい?」

「いいけど…珍しいね。いつもは自分から言ってくることなんてないのに」

「話聞いてたら私も行きたくなったの。それにどちらにせよ誘うでしょ?」

「うん」

「それで、いつ行くの?」

「今日でもいいよ」

「急だねぇ……今日は予定があるから、せめて明日にしてくれると助かるなぁ…」

香穂がこちらを見つめてくる。まぁ、元々誘う気ではあったし、来てもらえるなら明日にしてもいいかもしれない。それに無理を言って今日連れて行っても香穂に迷惑をかけてしまうだろう。



〜翌日〜



今日は朝から昨日よりも冷え込んでいて、水道から出る水は氷水のように冷えていた。

「香穂、行こうか」

「うん!」

小さな神社の前を通り、細道に入り歩くこと約30分、一つのベンチの前に着いた。古びていて鉄部分には錆が目立ち、ベンチの上には落葉があった。

「相変わらずここの紅葉はいつも綺麗だなぁ」

「うん、そうだね」

「何でそんなに反応薄いのよ?来たかったんでしょ?」

「まぁ、うん、そうなんだけど……」

「けど、何?」

「いや、今回は香穂が珍しく自分から“行く”なんて言い始めるから違和感があって…」

「たまには自分から言い出したっていいでしょ」

そう言って香穂は上を見上げ、もう一度“綺麗だね”と口にした。確かしそれはとても綺麗だった。赤く色づいている紅葉に黄色が映えているイチョウと橙になっている銀杏の実がある。

それ以外にも、茶色に染まっている葉がそこら中にある。何とも秋らしい光景だ。

「ねぇ何か良い香りしない?」

「え?」

確かに何かの匂いがする。前まではなかった香りだ。そして馴染みのある、私もよく知るモノの匂いだった。

「行ってみようよ!」

何処にあるのかが分からないし、正直あまり気乗りはしなかったが、香穂があまりにも行きたそうにしているので、その顔に根負けしてしまい、匂いを辿りつつ私達はそこへ向かってみた。

するとどうだ。一つの建物があった。見た目は良いとは言い難いものではあったが、そこらに漂った香りが謎の好奇心を駆り立てた。

「一回入ってみようよ」

「う、うん……」

普段なら“入りたくない”と言うところだが、私自身入ってみようかという思いがあり、どうしても断れなかった。

ガラリとドアを開けると、厨房に一人の男性が立っており“いらっしゃい”と優しい声で言われた。見た目は強面なのだが、その声があまりにも優しいものだから外見なんてどうでもよくなってしまった。

「あの、ここって……」

「ただのしがないカレー屋ですよ」

そう、私達の居た所まで香ってきたのはカレーの香りだった。どこの家庭でも食べられているモノ。


そこからは他愛のない話をした。何故ここに私達が来たのか。その男性が何故こんな所に店をかまえたのか。そんな話をして私達は店を出た。そして最初のベンチまで戻りまた空を見上げた。

「今度お金持って食べに行こうか」

「うん!行きたい!行こ!」

「それにしても、今年も紅葉綺麗だね」

「そう、だね」

その声はどこか悲しそうな、何かが感じ取られるような声だった。

「どうしたの?」

「あのね、確かに紅葉も綺麗なんだけど……」

「ん?」

「それ以上に私は……」

「……?」




_____菜々の方が綺麗だと思うよ

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私の好きなモノ 宵闇(ヨイヤミ) @zero1121

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