僕は望む。大切は人と、ともに過ごせる明日をっ!

白銀マーク

僕は望む、君の居る世界を

 僕はずっと、あの面影を追っていた。ずっとそばにいたけど、ずっと、隣に並び立つことはできなかった。ずっと、ずっと想っていた「好き」って感情は今はもう、君に届くことはないんだ。


『ねぇ、君はだれか好きな人はいないの?』


 昔、君からそう聞かれたときに、僕は応えることができなかった。答えを知らなかった。


『君が好きだよ』


 そう、その時言えていたら、どれだけ楽だったか。でも、何も知らなかった、何もわからない僕は、そんなことを言えるわけもなくて。今、君が隣で笑ってくれるなら。僕が、ほかの人より一秒でも長く、君とともに入れるなら。その時僕は、そんなことを思っていた。でももう、その僕の横にすら、君はいないんだ。どこを探しても、君はいないんだ。


「会いたいよぉ―――……」


 そうして僕はまた涙する。悲しみを紛らわせるように、苦しみから逃れるように。






 暗い部屋、ずっと泣き続けた涙も枯れて、泣きたいほど苦しいのに涙が出なくなって、初めて時計を確認した。


「04:30…か」


 日付が変わってしまっている。いまだに僕は、後悔にさいなまれていた。だって、大好きだったんだ。ずっと隣にいると思っていたんだ。その好きすらも、当時の僕にはわからなくて、でも、今ならわかる。だってこんなにも悲しくいて、苦しくて、忘れれなくて。心は、体はどうしようもなく君を求めている。でも、でももう。


「君は、もう、どこにもいない」


 言葉にして、耳で聞いて、また涙が出てきた。


「うぅ…ふぅぅ……」


 枯れたはずの涙はいまだ枯れておらず、頬を伝う。


 泣いて、泣いて、泣いて。泣きつかれるまで泣いて。そして、ゆっくり、瞼を閉じた。






「朝よぉ、おきなさぁい」


 下の階から声がする。それを合図に体を起こす。泣きつかれて寝てしまったはずなのに、顔には一切、泣き跡なんて残っていない。むしろ、肌が前より健康的になっている。


「あれ?」


 年月日は僕の大切な人が居なくなる前、まだ僕が「好き」という感情を理解する前の、高校で学生生活を謳歌している日付だった。


「早くしなさい、時雨シグレちゃん迎えにきてるわよぉっ!」


「わ、わかった。今行く」


 混乱する頭でわかったことは、僕は、高校生に戻ってしまった。ただそれだけだった。






 時刻にして07:50。僕は制服を纏い、急いで朝食を流し込んだ僕は、玄関を勢いよく空ける。


「おはよう、彩人アヤト


 目の前には風になびくストレートの黒髪の美少女、淡島時雨アワシマシグレ。幼稚園時代からの付き合いで、所謂、幼馴染というやつだ。彼女を前にして、絶句する。


「どうしたの?」


 僕は何も言わずに、時雨を抱きしめた。華奢な彼女が壊れないように優しく、でも力強く。


「え? え? ど、どうしたの?」


「おはよう時雨」


 僕が言えるのはただそれだけ。何を隠そう、今の僕ならわかる。僕は、この幼馴染、淡島時雨が好きなのだ。


「え、えっとぉ、そろそろ話してくれると嬉しんだけど」


「ごめん。もう少しだけ、もう少しだけ、このまま」


 されるがままになってくれている時雨に感謝しつつ、もう少しだけ、彼女が生きている実感を身に刻む。


「ど、どうしたの? 何か怖い夢でも見た?」


「…怖かった。だから、心落ち着くまで、このままでいさせてほしい」


「…わかった。でも、遅刻したら困るから、あと少しね」


 フッと、声が柔らかくなった気がした。僕は残り少ない短い時間を、あやしてもらうように、時雨をきつく抱きしめた。






「…ごめん」


「落ち着いた?」


「うん。朝から取り乱してごめん」


 見慣れた坂道、三年間昇り続けた坂道をまた、僕は時雨と昇る。


「びっくりしちゃった。急に抱きしめてくるんだもん」


 隣に真っ赤な顔をして話す時雨を見ていると、やっぱり生きているんだと実感する。


「ごめんって。…嫌だった?」


「い、嫌じゃなかったけど…。恥ずかしかったっ!」


「嫌じゃないんだったらよかった」


 嫌われていたら。僕は今すぐにでも死んでいただろう。それぐらい僕は時雨が好きだ。重いと言われても、一度、失う経験をすると、二度と離さないように束縛にも近い愛を持ってしまう。それもまた人間なのだろうと僕は思う。


「でも、本当に怖い思いをしただけ? 普段、あんなことしないのに?」


「怖かったよ? 思い出しただけでも震えが止まらないね」


 本当はただ、今はこれが現実なんだと。目の前にいるのは間違いなく、僕が恋している君なのだと、理解したかっただけだ。


「あ、友達見つけたからもう行くね。ちゃんと学校、来るのよ?」


「分かった。じゃあね、時雨」


「うん。じゃあね、彩人」


 長い髪をなびかせ友人を追いかける後ろ姿を見ながら、僕は思う。僕の心を奪っていった人は、最高に綺麗だと。






 教室から、懐かしい騒ぎ声が聞こえる。何時もそうだった。クラスに自然と生まれたグループで授業が始まるまで話、朝、休憩時間、放課後と時間を浪費していく。


「よぉ、彩人」


「…なに?」


「ありゃ、連れねぇなぁ」


「そりゃあね。何年お前とつるんでると思ってるんだよ」


「それもそうか」


 こいつは白鷺真翔シラサギマナト。小学生の頃から仲良くしている人で、数少ない友人の一人だ。人当たりのいいやつで、あいつの回りには大抵誰かいる。そのぐらいに人気者だ。


「…お前、変わったか?」


「なんで?」


 そう言われてヒヤッとした。唐突なのだが、でも、こいつはいろんな意味で鋭い感性を持っている。過去の統計データからこいつの直感はほぼ確実に当たるのだ。今まで直感が外れたのは一回だけ。と、教えてくれた、それだけだった。


「お前から、知らない気配がする。俺の知っている彩人のはずなのに、どこか俺の知らない雰囲気がある」


「いや、僕は変わってないよ。お前の知ってる彩人さ」


「そうか。わりぃな、変なこと言っちまってよ」


「まったくだよ」


 僕は外を眺める。時間はまだ朝礼まで余裕が少しだけあって、校門を多くの生徒が抜けていく、よくある一ページだった。

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