私と母さんと修行
第24話「グルメマンガ」
その日は講義が休校になり、半日で家路へと着くと、母さんが台所で、おたま・ザラメ・重曹を前に腕を組んで悩んでいた。
「ただいま~。母さんどうしたの?」
私が尋ねると事の経緯を説明してくれた。
母さんが言うところによると、現在連載していたマンガが打ち切りになるそうで、今度は代わりにグルメマンガを描いてほしいと言われたそうだ。
前作が打ち切りというのは聞こえが悪いが、前作が載っていた雑誌は現在売れており、母さんが描かなくてもある程度の部数は見込めるそうだ。むしろ、いーちゃんも描いているグルメ雑誌の方が危ないみたいで、前作と同じキャラで今度は猫ではなく料理で描いてほしいという依頼だったらしい。
そして、記念すべき第1回目の料理が――。
「この材料って、カルメ焼きだよね?」
カルメ焼きは、ザラメを溶かして膨らませただけのお菓子。スーパーとかでも意識して探せば見つかると思う。
「そうなのよ。マンガで作るところから描いてほしいって言われたから作ろうと思って、ちょうどいいわ。ミトも手伝って」
「いいけど、マンガ描くのにわざわざ自分で作る必要ある?」
母さんは分かってないわねと言ったように鼻で笑う。
「自分で作ってみないと、変なところがあったら困るでしょ。リアリティが100%大切とは言わないわ。もしそうなら、人が死ぬ作品は人を殺してないと描けないってなるからね。でも、プロなら、しっかり読者に伝える為には出来ることはするの。妥協はなしよ! それに――」
母さんは思いつめたように真剣な眼差しを見せてから呟いた。
「それに、
「わかった。わかったから! カルメ焼きを作ろう! ねっ!」
何かトラウマでもあったのか、これでもと力説する母さんに、私は料理を手伝うのを承諾する。
でもカルメ焼きなんて中学の理科の実験でやったくらいだよ。しかも、何回やっても失敗したし。
「スマホでレシピは調べたから、この通りにやれば大丈夫だと思うけど」
母さんはたどたどしくスマホをいじり、カルメ焼きのレシピのページを見せる。
「なになに、ザラメと水をおたまに乗せて、中火で熱する、ザラメが溶けたら重曹を入れてかき混ぜると出来る。こんなに簡単だったっけ?」
私はレシピ通りにおたまにザラメと水を入れ、火にかける。
「溶けてきた、溶けてきた。これくらいでいいかな。ここに重曹を入れてかき混ぜると」
重曹を入れるとネバネバした感じに変わり、ここから膨らんで固まるのだと思っていた。が、しかし。
「膨らまないわね」
「そうだね。固まりもしないんだけど。ちょっと火にもう一度かけてみるね」
膨らまない。
固まらない。
膨らまない。
固まらない。
そうこうしているうちに黒い煙が立ち込める。
「やばっ! 焦げた!」
すぐに火からおろすけど、そこには焦げた砂糖がおたまにこびりついた光景しかなく、カルメ焼きの姿はどこにも見当たらなかった。
「母さん、もう一回やっていい?」
「もちろん」
リトライ。
水分が多かったと反省し、水を減らす。
そして、今度こそと重曹を入れかき混ぜる。
「おっ、膨らんで……、しぼんだ」
一応固まりはしたが、よく見るカルメ焼きのようにふっくらとはいかなかった。
やはり、カルメ焼き、単純だけど、難易度高い。
私は出来損ないのカルメ焼きを口に含みながら、母さんと選手交代する。
「主婦とマンガ家を兼業して、何年やってきたと思ってるの、カルメ焼きくらい余裕よ」
「母さん、それ完全に出来ないパターンのやつだから」
案の定、母さんも失敗し、出来損ないのカルメ焼きが山になっていく。
そして、結局1回も上手くできないまま、私たちの体力が尽きた。
「ふっ、今日はこのくらいにしといてやるわ」
「母さん、完全に負けた人のセリフだよ、それ」
結局、母さんのマンガはどうなったかというと、
「そりゃ、ちゃんと描いたわよ。最後だけ成功した描写にすればいいだけだし。ほら、そこはマンガ家だから想像で補ったわ。リアリティが100%大切な訳じゃないからね!」
さらりと言いのけ、さらにしっかりとマンガにする母さんは流石大御所マンガ家だと思わざるを得なかった。
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