民宿えんこ

@mamikana

観光地でもなく、かといって特別な魅力があるわけでもない、四国の山間にある閑散とした小さな町に、旅行マニアの間で最近、秘かなブームになっている人気の民宿がある。もともとは、普通の旅行に飽きてしまって「何もない場所に行く事こそが、真の旅行である」という境地に達した、一部の旅行マニア達の間で少々知られていた程度の民宿だったのだが、四年ほど前、女将が細々とやっていたブログに、ある記事を載せたことで、この民宿が少々バズってしまった。

『・・・と言う訳でぇ、色々あってぇ、一歳の男の子をウチで預かる事になりましたぁ!!きゃ~かわいいっ♥名前は・・・「ヨージ」くんでぇーす‼️縁故(えんこ)のマスコット・・・いや、アイドルになってくれたらいいなぁ~♥』

という文章と共に赤ちゃんの画像がアップされたのだが、「かわいぃ~」「マジ天使」という具合に、旅行マニア界隈で口コミが広がり、ちょっとした盛り上りを見せたのだ。

ちなみに、女将が載せたブログにある『えんこ』というのが、この民宿の名前であるが、「人と人との繋がりを大切にしたい」との思いから先代がこの名を付け、それを引き継いでいた。

ただ、この人気はコアな旅行マニア達の間だけに留まり、世間一般には浸透しなかった。というのは、この民宿は大将と女将の二人だけで営んでいるため、部屋の数は五つしかなく、完全予約制となっている。そんな所へ、「真の旅行も知らない世間一般の奴らに押し寄せられたら、自分達の予約が取れなくなっちまうじゃねぇか!!」というマニア達の思惑によって、その情報は公に出されなかったのであるが、そもそも世間一般の人は、「何もない場所にわざわざお金を使って旅行なんかしないよねぇ」という事で、これこそが本当の理由なのではないだろうか。


真人は、そんな『コアな旅行マニア』の一人だった。四年前も、「どこかマニアックな場所はないか?」とネットサーフィンをしながら情報を集めていたところ、たまたま女将のブログを目にし、すぐさまスマホを握りしめ、マッハで民宿の番号を押していたのだった。

しかし、さすがの真人も、ここ数ヵ月間はコロナの影響で自粛していた為、旅行にも行く事ができず精神がヤられかけていたのだが、GO to キャンペーンが始まると同時に息を吹き返し、早速、民宿に予約を取った。実は彼、年に一度は必ずその民宿を利用していた。そう、ヨージ君に逢うために。

真人はコアな旅行マニアでもあるのだが、同時に、可愛いものマニアでもあった。四年前、赤ちゃんヨージ君を一目見た瞬間、ヨージ君の虜になってしまったのだ。そして今、真人はその民宿の門を潜ろうとしているところだった。

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