夜に響くは人々の宴

後藤 悠慈

明けの世界に花束を

 今日も一日の営業を終え、夜の店を残して人々は店を閉める。ノーサイト公国の首都ベロカーラで店を営む人たちのほとんどは、夕暮れを迎えるたびに鬱蒼な表情とため息を出して明日へと迎えるんだ。なぜなら、ここに来る人たちは大きな成功を求めて故郷を飛び出してきた人たちばかりだ。他の国よりかは小さいが、世界を股にかけて活躍する事業家の多くは、この街を起点に成功していった。国として、街としてなにか積極的な政治的戦略を抱えているわけではなかったが、そういう話に飛びついた人々が、我こそはと息巻いてこの街で事業を起こしていく。

 生産、流通、小売り、あらゆる産業が小さなお店としてひしめくこの世界で、頭を抜いて成功するのは難しいらしく、毎日売り上げを確認して一喜一憂する人たちで溢れる。

 俺は自宅から最低限の荷物を持って、家を後にする。空は青黒い世界に染まり、街は光と炎の街灯と床灯で煌々と闇に輝く世界に変貌していた。心地よい風が人々を家や酒場に追いやり、酒場からは嬉々とした声が漏れ始めた。小路から大通りに出て、そして小さな酒場が密集し盛り上がる酒場小路へと入る。入り組んだ小さな道に沿って歩き、ある酒場のドアを開いて入る。小さな舞台の上にピアノが置いてあり、囲うように金管楽器や弦楽器などの様々な楽器が椅子の上に佇み、俺がやってくるのを待ちわびていた。カウンターの向こうにいる店長は、店の準備を終えていて、開店の最終調整に入っていた。俺は荷物を舞台に置き、ピアノに触れる。そして次々に魔法で楽器たちを宙に浮かせ、チューニングを始める。薄暗い店内に響く不協和音。それがいつしか、清々しいほどに聞き心地の良い調和となり、店の雰囲気に馴染んで溶けた。


「さて、今日も一日が終わる時間だな! 今日もどのくらい来るかはしらんが、まあ、お前からしたら演奏出来ればいいもんな! 景気が良いのをよろしくな!」


 そして俺は今日も演奏する。日々挑戦者がやってくるそんな街に、俺はやってきた。理由は簡単。成功するためでもなく、成功するために来ている人たちに演奏を聴かせたい。そんな想いだけでも、ここまでやってきて演奏出来るのだ。


「そんじゃ、ミュージックバー「イトマイカ」の開店だ!」


 店長がドアを開け、開店の看板を立てかける。そしてそう時間がかからずに、人々は来店した。店内は満席とまではいかないが、半分程度の席は埋まっている。彼らの表情は、疲れがたまり、やけくそに発散しようとしているような、そんな必死な表情だった。

 この店には常連がいる。彼らは俺の演奏する近くの席に陣取り、各々関わらずに一人の時間と酒に浸っている。だが珍しく、今日はいつも見る常連の人たちがほぼ全員、そろっていた。だが、雰囲気はどん底。頬杖をついて茫然とグラスを眺めていたり、両手で頭を取り外さんとする勢いで抱えたり、感情を露わに号泣したり。


 そんな常連たちは口をそろえて俺に言う。


「音楽魔術師さんよ。自分たちのために何か歌ってくれないか」


 そんなこと、言われなくても歌ってやるさ。そして今日も俺は一人、弦楽器、打楽器、金管楽器、あらゆる楽器を手をかざして魔法の力で動かし、俺はピアノの前に座った。


 今日の曲はある別世界で聞いた古き良き名曲と言われる曲だ。その曲は、明日の人たちに活力を与えてくれる曲で、俺が大好きな曲だ。

 そして俺は挨拶の声の代わりにピアノの音で自分の存在を明かし、そして滑らかに曲を始めた。舞台はバーの中央より右側に寄っていて、テーブル、カウンターに座っている人たちは気の赴くままにこちらに目をやったり、友人と来ている人は話を続けている。そんな中、旅人だろうか、片手に木杯を手にエールビールを喉に流し込む青年が、俺に言葉を投げかけた。

  

「あんた、なんでこの小さな店で演奏しているんだ? めちゃくちゃ演奏上手いし、もっとデカいミュージッククラブとか行けそうじゃねえの?」


 俺がなぜ音楽をここでしているのか。それは、自分がそれで救われたからだ。音楽に出会った22歳のころ。自分はこの先どうやって生きていこうと悩んでいた。みんなは旅人になったり騎士になったり、商業を始めたり。ちゃんと卒業するまでに道を考え、不本意なものだろうが、その道に足を踏みいれた。だけど、俺は違った。卒業してからは実家に引きこもり、最低限の家事を親と手伝ったり、何も考えずに生きていた。生きる活力がなかったわけじゃない。ただ、学校卒業まで考える時間が足らな過ぎた。目の前のことに集中しすぎたんだ。救いなことに、俺のいる世界は別にそれで社会から変な目をされることはないが、でも、俺はそんな状況を続けたいとも思っていなかった。そんなとき、父があるバーに連れていってくれた。そこでは、今の俺のような音楽魔術師が演奏をしていた。その時は別の曲だったが、その時の俺は、曲ではなく、演奏していた音楽魔術師に惹かれた。少なくとも、俺の進んでみようと思いたいものが見つかったんだ。感動して涙を流した俺は、その人に弟子入りして、こうして師匠が出店した店でさらに成長するために演奏している。


 こんな想いを、先ほど質問した青年に対しても応えるように、演奏に乗せたいという一心で音に乗せる。気が付くと曲はラストに入っており、いつの間にかバーはすでに大盛り上がりを見せていた。グラスを掲げて揺れる人。涙目で笑顔になり、声を上げる人。何かを決意したような顔で店を後にする人。皆交流がなくても俺という存在を介して団結していた。


(やっぱり、こういう姿を見るのが本当に心地よくて、最高に生きてるって感じるんだ)


 そして曲は終わる。静かに最後の音を鳴らせ、みんなは拍手を俺に送る。だが、その拍手は長くは続けず、また各々の世界に浸っていく。


「今日は一段と乗っていたな! だけどさ。ちょっと力が入りすぎた気もする。感傷にでも浸っていたのか」


 師匠がバーカウンターの向こう側から声をかけてくる。1曲が終わった後、師匠は必ず評価を言ってくれる。今日は、良い所と悪い所が半々だったようだ。しかも、俺の状況を分析して、それをこちらにフィードバックしてくれていた。


(そうだな。今日はつい、あの時のことを思い出していたからな)


 俺は魔法で楽器を自動演奏するようにして、バーカウンターへと入り、少し酒作りと料理作りの方の手伝いをすることにして、師匠に評価の返答を耳打ちした。


 今日は大盛況だ。皆は酒が進み、そして笑顔になって歌を重ねている。だが、こういう日は決まって嫌なことがあったあとなんだ。だから、俺は彼らの抱えたそれぞれの心の疲労を、明日の活力に変えられるように、俺は今日も一日を歌う。


 明日の自分に手向ける花束をみんなに贈るために。

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夜に響くは人々の宴 後藤 悠慈 @yuji4633

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