あの町の冬

@shakasha

あの町の冬

放課後の校庭を同級生達が駆けていく。真っ白な雪の上に刻まれたいくつも足跡は向きもばらばらで無数に混じり合っている。だけど決して校庭を出ることはない。

僕達の未来みたいだと思った。都心から離れ、周囲を山に囲まれたこの田舎町では、この町で働き、家族を作り、死んでいく。それが当たり前になっている。この町を出る人間は少ない。


「さとくん、男子がボタン交換始めてるよ。行かなくていいの?」

明日から春休みだからと髪を茶色に染めた君は僕に問いかける。

「いいよ、あいつらとボタン交換しても意味ないし。」

急に動きを速めた心臓は僕を口下手にさせる。

「さすが〜、東京に行く人は言うことが違うな〜」茶化す君に 「そんなんじゃないけど」とうつむきながら答えた。

「さとくんと2組のみっちゃんだけだよね、東京の大学行くの、いいな〜 ねぇ東京慣れたら私を案内してよ。表参道のカフェとか?原宿とか渋谷とかさっ」

吐く息は白く、手先がかじかむぐらい寒いのに、僕の顔は自分で分かるぐらい火照っている。

「いいよ、案内するよ。色々見ておくよ」

「ほんと?じゃあ、約束ね。楽しみにしてる。」

次の言葉を探し始めた時、

「ゆきー!こっちで写真とろー!」

と君は友達に呼ばれた。

「冬に生まれたから、ゆき。うちの親単純だよね」と君は笑っていたけど、どこか嬉しそうでもあった。そんなことを思い出していると、君は振り向いて

「さとくん、またね!約束忘れないでね。」

と手を振り、友達の元へ駆けていく。


春休みになり、校庭に積もった雪も溶け出す頃、夕方、母の電話がなった。いつものママ友からの電話だろうと思っていたら、母の声がどんどん低くなっていく。電話を切ると母は僕に言った。

「同級生のゆきちゃん、交通事故で亡くなったって。」


初めての東京は信じられない程、人も建物も多く、何もかもが新鮮だった。

銀チャリを漕ぐ高校生達はいないし、電車を1時間待つこともない。夜は星よりも立ち並ぶビルの方が明るい。

表参道のカフェには結局行ったことはないし、渋谷や原宿は人が多くてあまり好きではなかった。

そんな東京にも少しずつ慣れていった。


積もる事はないけど、東京でも雪は降る。

ひらひらと落ちてくる雪を見ると、僕は君を思い出す。君との思い出は僕の心の中に降っては溶けていく。そうやって忘れていくのだろうか。


記憶の中の君はいつでも綺麗だ。

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