第60話 その夜

 結局、親父とお袋との対面は短い時間で終了。

 借金の返済なども含めて、細かい話は後日で、となった。


 トボトボと言った様子で出ていく親父たちを見て少し悲しくなる。


「それで、道久みちひさ君、これで良かったのかい?」

「これで、というのは?」

「正直、彼らのやった事を思えば、好きなだけ恨み言を言う権利はあるよ。というか、私の方が嫌味の一つでも言いたくなったくらいだ」


 珍しく憤慨した様子で言うお義父さん。面会の途中、妙に苛立たしげな様子だったけど、それだけ親父たちの行いが許せないんだろう。親として真っ当である事にこだわる人だから。


「ちょっと、あなた。それくらいにしてあげなさいよ。当の道久君が許すって言ってるのに……」


 と、俺が戸惑っているのを見て取ったのか、お義母さんが割って入る。親父たちは産みの親ではあっても、育ての親ではないんだな、なんてことをふと実感してしまう。


「すまない。私も、道久君が一人取り残されていた時のことはよく覚えているからね……」

「いえ。お義父さんたちが、本当によくしてくれていたことはわかりますから」

「みーくん……」


 一時期、ヒネてしまった俺だが、お義父さんたちはそんな態度にイラつくこともなく真摯に接してくれたのを覚えている。立ち直れたのは古織こおりのおかげだとしても、お義父さんたちがよくしてくれたのも大きいだろう。


「でも、不思議と怒りは湧かないんですよ。もし、引き取られた後、悲惨な境遇だったのなら、もっと恨んでたと思いますけど。恵まれ過ぎる程、恵まれましたから」


 言ってしまえば結果オーライという事になるのかもしれない。


「道久君がそう言うのなら。当の本人の君より、私の方が怒っているというのも不思議なものだね」


 俺が許してるのに、怒っても仕方がないと判断したのか、矛を収めるお義父さん。


 そして、夜も更けてきた頃、俺の部屋にて。


「ありがとな、古織。親父たちを見つけるために色々してくれて」


 ベッドの上で肩を寄せ合いながら、少し感傷的な気持ちで感謝の言葉を告げる。


「私も、あのままなのは嫌だっただけだから。気にしないでいいよ」

「そっか。でも、親父たちも苦労はして来たんだろうな」

「だと思う。なんだか、二人とも元気がなさそうだったもん」

「だよな。親が可哀そうになるって、息子としてどうなのかなと思うんだけど……」


 借金の件は知らなかったと言うのはきっと本当だろう。

 だから、いつ返済できるかわからない借金の事をいつも考えていたんだろう。


「でも、お金の問題は、お父さんがなんとかしてくれたし。これからは大丈夫だよ」

「だといいけどな。ま、今の心境は今後じっくり聞いていければいいか」


 どこか他人事のように、そんな事を思う。


「お父さん、まだ内心カンカンみたいだから、うまく行けばいいんだけど」

「お義父さんの方がキレてたのは、予想外だったな」


 厳しい事は言っても、あそこまで糾弾する姿勢を見せるのは稀だ。


「お父さんも、別にあそこまで言わなくてもいいのに」

「それが普通なんじゃないか?俺が怒る気持ちも湧いてこないだけでさ」


 怒り、という感情は、不当な扱いとか理不尽な言動にさらされた時に出てくる、と本で読んだことがあった。だとすれば、俺はこの家に引き取られて、古織に救われた時に、そういう気持ちをどこかで置いて来たのかもしれない。


「私は、ちゃんと結婚式、で、お義父さんたちにも祝福して欲しいんだけど」

「結婚式って。もう、結婚して結構経つだろ」

「私だって、結婚式には人並みに憧れがあるんだけど?」


 ジト目で睨まれてしまった。


「ま、まあ、その辺は受験勉強終わったら考えようぜ」

「ああ、でも。結婚式の費用、全然貯まってないないよー!」


 途端に頭を抱えだす古織に噴き出しそうになってしまう。


「それこそ、お義父さんに言えばいいだろうに」

「それはちょっと言いづらいよー。今は別の世帯なのにー」

「塾行く話だって、同じだろ。違いがよくわからないんだけど」

「そこはこだわりたいのー。ちゃんと私たちで貯めたお金でー」

「でも、だったら、式出来るの、何年後になるかわからないぞ?」


 大学に入ればアルバイトはできるだろう。

 しかし、ちゃんとした式を挙げられるのはいつになるやら。


「うう。そう言われると。やっぱり、お父さんに頼んでみようかなー」

「考え方を変えて、出世払いでいいんじゃないか?」

「うーん。でも……」

「こっちに居るときは、普通にお義父さんたちに色々払ってもらってた癖に」

「私だって、家庭を持ったから、考えも変わるの!」


 そう言って、あーだこーだ悩み始めた古織がなんだかやけに可愛らしい。


「でも、ありがとな。古織」

「うん?お義父さんの件なら、もういいよ」

「じゃなくて。俺と結婚してくれて、ありがとうって、それだけ」

「そっか。それじゃ、私もありがとう、みーくん」


 そう言いあって、お互い見つめあった俺たちは、静かにキスを交わしたのだった。

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