第9章 親と子
第59話 父母との再会
親父が見つかった。その報告はあまりに突然だった。
お義父さんからの話によると、親父は現在、都内にいるらしい。
Webページのデザインをする会社で、正社員として働いているとのことだ。
親父はフリーランスの時にそういうのも請け負っていたので、納得ではある。
母さんもそこに身を寄せているというのは、喜んでいいやら悲しんでいいやら。
「で、どうする?
「……」
「私の意見を言うなら、親としての義務を放棄した二人には、君に会う資格がないとも思っている。ただ、君の産みの親だからね」
「資格がない」とそこまで痛烈に言うお義父さんは初めてだった。引き取った後もそうだけど、結婚した後も、仕送りの額が適切か、元気でやっているか、常々心を砕いてくれていたお義父さんやお義母さんの姿を俺はみている。そんなお義父さんにして見れば、借金を放置して、ぬくぬくと生活しているかのように見える親父たちは許しがたいのだろう。
「いえ。会います。色々、あれからどうしてたかも聞きたいですから」
「そうか。なら、連絡はつけておこう」
というわけで、新学期が始まって最初の土曜日に俺たちは親父たちに会うことになったのだった。場所はお義父さんの家の応接間、会うのはこちら側は俺と
そして、面会当日。
応接間のテーブルを挟んで、俺と古織、親父とお袋は向かい合っていた。
とはいっても、挨拶を終えた後は無言。どう話を切り出していいかわからない。
親父の名は
どこか怯えたような面持ちで、記憶にあるよりも、痩せこけている気がする。
お袋の名は
すまなそうな顔をして俯いていて、やっぱり記憶にあるよりも痩せている。
「親父とお袋に一つ聞きたいことがあるんだけどさ」
今更見つかって、しかも、きちんとした身なりをしている二人に向かって言う。
「あれからだいぶ経つけど。お義父さん……
そう。700万円にも及ぶ借金。親権がお義父さんに移っただけで、お義父さんに返済する義務はなかったものの、代わりに返済してくれていたのだ。
「いや、知らなかったよ。住所は移して、別の口座も作ったけど、正社員として8年働いても、そこまで貯蓄は出来なかったし。本当にすまなかった」
大きく腰を曲げて謝罪をする親父。
「本当に、道久には申し訳ないと思ってるわ。それに、古織ちゃんにも……」
俺の隣に座る古織にも視線を向けながら謝罪するお袋。
「良かったよ。知ってたら、本当に軽蔑するところだった」
「ちょっと、みーくん!?」
隣の古織が咎めるような視線を送ってくるけど、構わずに言う。
「だってそうだろ。もし知ってたら、他所の家に借金を肩代わりしてもらっておいて、礼も謝罪の言葉も言わずに、ずっと行方をくらませてたんだからさ」
古織としては、今は仲直りの場ととらえているんだろうけど、そこは譲れない。
「浩彦さんたちには、本当に大きな迷惑をかけたと思ってる。肩代わりしてもらった分は、何年かけてでも返済しようと思う。それが、今の俺なりの誠意だ」
改めて腰を折って、謝罪をする親父。
「で、お義父さんとしてはどうですか?」
借金の肩代わりの件に関しては、どちらかというとお義父さんと親父の問題だ。
「正直な話、肩代わりした時には、返ってくることは期待してなかったんですけどね。
厳しい顔を少しだけ柔らかいものにして言うお義父さん。
「本当に、本当に、ありがとうございます……!」
「なんとお礼を言っていいやら……」
夫婦揃って、お義父さんに頭を下げる様子は、何故だか少し悲しかった。
「ところでさ、俺、結婚したんだ。この春に、古織と」
後は俺たちの問題。そう思って、隣にいる彼女を見ながら切り出す。
「は、はい。この春から、みーくん……道久君の妻になりました」
少し恥ずかしそうにしながら、頭を下げる古織。
あだ名を一瞬言いそうになったのは、少し噴きそうだった。
それを聞いた、親父とお袋は目を白黒させていた。
お義父さんはそこまで話していなかったらしい。
「で、お義父さんの家とは別にマンションを借りて、一応、別世帯で暮らしてる」
「……」
「お義父さんから仕送りももらってるから、本当の意味では独立してないけど」
「……」
「それでも、家計を維持する事が大変なのは身にしみてわかって来たつもりだ。だから、親父やお袋が、俺を養うためにどれだけ苦労してたのかも、少しは、わかるようになってきた、と思う」
借金の700万円にしたって、事業を回すためだと言っていた。その額がどの程度必要だったのかわからないけど、俺が特別に贅沢をさせてもらった程の記憶はない。
でも、クリスマスのプレゼントにお年玉。あるいは、誕生日プレゼント。何気なくもらっていたけど、その裏には苦労があったんだろう。たまにする豪華な外食だって。だから、親父は親父で、仕事を回すためのお金や養育費をあれこれ計算して頭を悩ませたんだろう。
「だから、許すよ。もう、育ての親は浩彦さんや花恵さんだけど。でも、俺を途中まで育ててくれたのも事実だし」
色々考えて出てきたのが、そんな言葉だった。
「だから、いつかやろうと思ってる結婚式にも出てくれると助かる。古織も、ずっと気に病んでたしな」
「みーくん……」
少し照れくさそうな顔で見つめてくる古織。元々、俺に隠れて、親父たちを探して欲しい、なんて言い出したのも、親父たちにも祝って欲しい気持ちがあったんだろう。
「それと、この件については、古織にも感謝してやって欲しい。親父やお袋を探して欲しいって依頼をしたのは古織だし」
「ちょ、ちょっと。私は、別にお礼なんて……」
「いいから。こういうのは、筋を通すのが重要だと思う」
言いつつ、対面の親父とお袋を見つめる。
「そうだね。ありがとう。古織さん。本当に大きくなったね」
「私からも、ありがとう。古織さん。昔は小さかったのに」
「い、いえ。古織「さん」とか言われると恐縮してしまうので……」
親父とお袋からお礼の言葉を言われて、恐縮気味の古織。
子どもの頃のように、素朴な親子の関係に戻るのはもう難しいだろう。
でも、産みの親が無事で、関係が修復出来たことにほっとしていた。
何より、古織の懸念を取り除くことが出来て良かった。
お義父さんには、本当に頭が上がらないな。そんな事を思った。
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