第58話 夏の終わりと見つかった父

「もう、夏休みも終わりなんだな……」


 古織が淹れてくれた麦茶をコクリと一口飲む。


「ほんとに、あっという間だったねー」


 向かいに座る古織もどこか感慨深げだ。


「でも、今年は結婚して初めての夏休みだったけど……」

「けど?」

「いや、古織のおかげで、幸せだったなって思ってな」

「も、もう。みーくん」


 言われて嬉しそうな、にまにました顔になる古織。


「言われて嫌じゃないだろ?」

「嫌じゃないし……幸せだけど。少し、恥ずかしい」

「夏休みも終わりだし、ちょっと言ってみたかったんだ」


 この夏休みだって、高校3年生のたった1回の思い出だ。


「それじゃ、私も。みーくんのおかげで幸せ、だよ。ありがと」

「そ、そっか。ありがとな」


 部屋に満ちる空気がいつもと少しだけ違う気がする。

 それは、夏が終わるのを惜しく思うせいだろうか。


「でも、二学期始まったら、受験勉強、ほんと追い込みだよな」

「それだけど。やっぱり、お父さんにお願いして、塾行かせてもらったら?」

「古織の言いたいことはわかるけど……ずるずると甘えるのは抵抗がな」


 それは、きっとトラウマなんだろう。

 お金の問題をおろそかにした結果、崩壊した、「元」我が家への。


「やっぱり、お義父さんのこと。割り切れない?」

「割り切りたいんだけどな。なかなか難しいよ」


 頭ではわかっているのだ。お義父さんは決して出し渋ることもないだろう。

 あるいは、その願いを迷惑に思うこともないのだろう。

 でも、ずるずると厚意に甘えてしまったら?際限なく生活費を要求し出したら?

 そんなことも考えてしまう。こういうのはほんと自己嫌悪だ。


「そっか……」


 古織はそれだけを言って、じっと俺を見つめてきた。

 ただ、穏やかに、俺を受け入れてくれるように。


「悪いな。俺がいつまでも割り切れないせいで」

「ううん。無理もないよ。それでも、一生、一緒に生きていくって決めたんだし」

「そうだよな。一生、なんだよな……」


 その言葉に思い出したのは、借金を背負って蒸発した親父のこと。

 今でも割り切れない気持ちはあるけど、死んでほしいわけじゃない。

 親父は今どこで、どんな生活を送っているんだろう。


「ひょっとして、お義父さんのこと、考えてた?」

「ああ。今、どこをほっつき歩いてるのかなって」

「そうだよね。ほんと、どうしてるのかな……お義母さんも」

「お袋は親父に比べりゃ情状酌量の余地はあるけど……どうしてるんだか」


 前より冷静に彼らのことを見られるようになったんだろうか。

 気がついたら、自然と心配する気持ちが起きていた。


「ねえ、みーくん。お義父さんのことだけど、ひとつ謝らせて欲しいの」

「謝罪?どうしたんだよ、急に」


 唐突な古織の言葉に困惑する。


「実は。結婚した時から、探偵さんにお義父さんたちの行方、探してもらってるの」

「え?」

「みーくんの意見を聞かずに、勝手にごめんなさい」

「いや、いいんだけど。つまり、お義父さんに頼んだってことか?」


 さすがに、我が家にそんな資金があるわけもない。


「うん。みーくんは、お義父さんたちのこと、憎いわけじゃないんでしょ?」

「それは……そうだな」


 憎しみを抱くような、虐待をされたわけでもない。

 今でも、蒸発する前の優しかった両親のことを思い出すことがある。


「今更止めても……仕方がないか。でも、見つかってないんだろ?」

「うん。見つかるかはわからない。隠してた事だから、伝えておきたかったの」

「いいよ。古織が俺のためを思ってやってくれてたのはわかるし」


 そういえば、時折、お義父さんが帰ってきたら、どうする?

 って言ってたっけ。そんな意味も込められていたのか。


「でも、それなら、見つかるといいんだけどな……」


 そんな、願いは唐突に叶うことになったのだった。

 その日の夜、お義父さんから、親父が見つかったとの報告があったのだ。

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