第53話 告白の儀式という奴
水着選びデートの夜のこと。
俺は、ちょっと休憩を取って、ネット小説を読んでいた。
「小説家やろうぜ!」や「カキヨム」に代表される、ネット小説の世界。
無料で読める割に売り物に引けを取らないものもあって、空き時間に読んでいる。
特に、俺はラブコメを好んで読むのだけど、ふと、疑問が湧いたことがあった。
ラブコメのクライマックスに付き物の「告白」という奴だ。
もちろん、俺だって、古織に「好きだ」と囁くことはあるし、古織も同様。
でも、恋人になる時に「好きだから付き合ってください」となったことがない。
だから、このシーンに対してイマイチ実感を持つ事が出来なかった。
古織が作ってくれた夕食を食べ終えた時、この話を切り出してみることに。
「なあ、ネット小説読んでて思ったんだけどさ。「告白」ってなんだろうな」
「いきなり何を言い出すの、みーくん?」
怪訝な顔をする古織。
「いや、ラブコメって大抵、「好きです、付き合ってください」ってあるだろ」
「私はそんなにラブコメ読まないから、そう言われても」
「お前、最近、新連載で告白シーン書いてた癖にそれ言うか?」
「ちょ、ちょっと。まだ見てたの?」
途端に狼狽しだす古織が可愛い。
「そりゃ、古織の書く世界とか気になるだろ。最新作もなかなか面白いぞ」
5月頃に、お小遣いの足しにと彼女が始めたネット小説。そこそこの固定読者さんがついたらしく、今もコツコツと2日に1回は更新している。最初の作品は、そこそこのところで完結させて、今は第2作目。正統派ボーイミーツガールものといった雰囲気の代物だ。
「みーくん、私を殺したいの?」
「別に死ななくてもいいだろ。作品見られたくらいでさ」
「だって、わかってるでしょ。モデルにみーくんが入ってるの」
「まあ、な」
伊達に幼稚園の頃からの付き合いじゃない。上手いこと、エピソードの細部は変えてあるけど、俺との想い出を改変したり挿入したり、ここぞという時の決め台詞に、俺の言ったことをこれまで上手く改変しているのが目につく。
「で、昨日告白シーンを書き終えた古織さんとしてはその辺りどうなんだ?」
「うぅ……。それは……」
頬を赤らめて、羞恥心で真っ赤になっているこいつを見るのは楽しい。
昼間はこいつにやり込められたことだし、なおさらだ。
「それは?」
「私が、みーくんと出会ってなかったら……とか想像して書いたんだけど」
「ほうほう」
「正直、実感は湧かなかった、かも。書いてて、まどろっこしいなあとか思ったり」
「だよな。俺たちは、やっぱり、その辺ずれてるのかな」
告白して彼女になるというのは、何やらクライマックスらしいことはわかる。
しかし、俺達の実感としては、告白の前と後で世界が変わったわけじゃないのだ。
強いて言うなら、あの「約束」をした後だろうけど、それはまた別だろう。
「そうかもしれないけど、みーくんはそれを持ち出してどうしたいの?」
「やってみないか?「告白」っていう奴を」
ちょっと悪戯を仕掛けるような顔をして言ってみる。
「告白って……もう、何度もみーくんには言ってもらってるよ?」
「そういうんじゃなくて。「好きです。付き合ってください」って奴だよ」
「別にいいけど。今やっても、おままごとみたいになるんじゃないかな?」
「いやいや、意外と変わるかもだぞ」
「わかった。それじゃ、やってみて?」
しょうがないな、という感じで古織は渋々頷いてくれた。
さて、ここからが本番だ。うまいこと、こいつから一本取りたい。
「なあ、古織。俺たちが出会った頃の事、覚えてるか?」
「うん?幼稚園で遊んだ記憶や家で一緒に遊んだ記憶はあるけど……」
と、しばし瞑目した後、
「駄目。ごっこ遊びはした記憶、いっぱいあるけど。いつ出会ったのかな?」
かえって来たのは予想通りの言葉。
「俺もそうだったんだけど、最近、思い出したんだ」
そう。本当に断片的な記憶だけど。
「え、ほ、ほんと?」
「ああ。俺はさ。幼稚園ではじっとしてて、周りをただ見てたんだ」
浮かんで来た記憶の断片を繋げながら、語る。
「で、綺麗でとっても元気な子が居たんだよな。同じ組の中に」
「それが、私?」
「ああ。ただ、俺はどうすれば仲良くなれるのかわからなかった」
「あ!確かに、隅っこに、みーくんが居た気がする……!」
古織の奴も、少し思い出したらしい。
記憶というのは、手がかりがあれば、案外思い出すものなのだ。
「で、そいつは言ったんだよ。「どうして隅っこにいるの?」ってな」
「言った言った。いつも、隅っこでじーっとしてたんだもん!」
「だろ?当時の俺にしてみれば、大混乱だったけどな」
周囲を観察して、ぼーっとしているような幼稚園児だったから。
急に、元気に話しかけられて、対応の仕方がわからなかったのだ。
「あ、でも!確か、「観察してみてるだけ」って言ってた気が……」
「俺は今以上に恥ずかしがりだったんだよ。確か、な」
「「観察とかよくわからないけど、一緒に遊ぼ?」って言ったんだよね」
「あれ、当時の俺は、嬉しかった気がするんだよな」
本当に、朧げな記憶だけど。仲良くなりたかったから。
「そっかー。忘れちゃってたけど、そんなきっかけだったんだ……」
「まあ、そこがお前との出会いだったってわけだ」
「色々繋がってきた気がする!みーくんってあだ名も」
「俺が「僕は道久っていうんだ」って言ったら、なんて言ったと思う?」
「「じゃあ、みーくんね」だったかな」
古織は、遠い昔に思いを馳せるように言う。
お互い、随分昔で忘れていた記憶を引っ張り上げていくのは、楽しい。
「ま、それ以外は色々抜け落ちてるんだけどな、ただ……」
少し、間をおいてから言う。
「あの時、声をかけて来てくれて感謝してる。じゃなきゃ、こうしてないし」
「それは私も同じだよぅ。きっと、隅っこにいる、みーくんが気になってたし」
「で、小学校以降になると、色々覚えてるけどさ。お前には救われたなって思う」
「「一緒に生きていく」って約束のこと?」
「それもあるし、引き取ってもらったこともな。とにかく……」
言ってて、無理やりな繋ぎ方だな、なんて思う。
「好きだよ、古織。これからも、付き合って欲しいし、一生側に居て欲しい」
気恥ずかしくて、普段なかなか口に出せない事を改めて言ったのだった。
「う……」
向かいの古織の様子をうかがってみると、何やらもじもじとしている。
目を伏せたかと思えば、こっちを見たり。
手をこねくり回したり。頬も紅潮している気がする。
「急に真面目な顔して、そんな事言うの反則だよ、みーくん」
「毎日、毎日、愛してるだの言える性格じゃないから、言っておきたかったんだ」
そう。ただ、それだけのこと。
「そっか。ありがと、みーくん。不束者ですが、これからもよろしくお願いします」
古織はといえば、そんな事を言ってお辞儀をしたのだった。
「で、どうだ?俺の「告白」は」
「もっといっぱい言って欲しい」
「口実作って、恥ずかしいの我慢したんだぞ。普段は無理」
「ケチ!」
「まあ、でも、たまには言うようにするから。な?」
「そっか。ありがと、みーくん♪」
そんな、のどかな、夏の夜だった。
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