第36話 南禅寺とスペシャル朝食

 ホテルでしばしの間のんびりした俺達は、チェックアウトを済ませて一路南禅寺へ。

 自転車で20分くらいのほぼ直線のコースを、初夏の日差しを浴びながらゆっくり移動した。


「到着ー!」

「でも、まだ10時なのに、結構暑いよな」

「夏だから、仕方ないよ」


 確かにそうなんだけどな。

 目的地の、瓢箪亭ひょうたんてい本店は、南禅寺すぐ側にあった。


「なんていうんだろ。格の違いみたいなのを感じるな」


 瓢箪はどちらかというと質素な佇まいだった。

 瓦も地味な色だし、全体的に薄い茶色がかった色彩だ。

 それが、ボロボロではなく落ち着きを感じさせるのだから、不思議だ。


「創業450年だって!凄いよね。東京だと100年でも老舗なのに」

「450年ってことは……戦国時代。その頃からあるっての凄いな」


 戦国武将が国を取り合って、下剋上が流行った時代。

 そんな時代からこの店は生き続けてるのか……。


「とりあえず、入るか」

「うん。どんなお料理なんだろ?」


 450年の重みに感嘆しつつ、店内に入る。


「ようこそいらっしゃいました。ご予約の工藤様ですね?」

「は、はい。よろしくお願いします」


 歳は50くらいだろうか。落ち着いた雰囲気を漂わせた男性が応対してくれる。

 そうして、案内された部屋はというと、想像を超えていた。


 有名な「朝がゆ」を注文して、部屋の中を見渡す。

 純和風の部屋で、壁には掛け軸があり、下は畳だ。

 黒塗りのテーブルは、落ち着いた雰囲気によくあっている。


「別世界に来た感じがしないか?俺たちみたいな一般庶民が入っていいのか、みたいな」

「みーくん。ここ、元々高級料亭なんだけど?」


 知らずに来たのか、という視線が向けられる。


「あ、ああ。そういうことか。道理で。朝がゆ6000円ってのもそのせいか」


 いくらスペシャルな朝食とはいえ、高いと思っていたのだ。


「そういうこと。だから、ちゃんと味わって食べないとね?」

「ちょっと気後れしてきたな」


 なんとなく、特別な朝食というの惹かれただけだったのだ。


「別に、取って食われるわけじゃないのに」


 くすっと笑われる。


「知ってるだろ。こういうところ、肩身が狭いっての」

「いっつも、みーくんは縮こまってたよね」


 倉敷家は裕福な家だけあって、月に1回は家族で豪華なものを食べる習慣がある。

 連れて行かれる店は、それなりの高級店な事が多い。

 倉敷家に引き取られてから、連れて行かれた時はびっくりしたっけ。


「やっぱり庶民出身なんだっての実感するよ」

「今は私も節約生活だから同じだよ」

「言えてる」


 まあ、気後れしてばかりもいられない。

 しばし部屋のあちこちをなんとなく見渡して過ごした。


「朝がゆっていうから、お粥とちょっとしたおかずだと思ってたんだけど」

「それだけで、こんな評判にならないよー」


 名物らしい瓢箪亭玉子(見た目はただのゆで玉子だ)。

 瓢箪型の鉢が三つに、お吸い物とお粥。実にしっかりとした朝食だった。


「よし。食うか」


 朝食を多少控えめにしたので、そこそこ食べられる余裕はある。

 まずは、名物の瓢箪亭玉子に箸をつける。


「うまっ。なんだよ、これ。ただのゆで玉子っぽいのに……」


 ねっとりと濃厚な食感に、醤油風味の豊かな味。


「これは、名物になるのもわかるね……」


 二人で、感嘆のため息を漏らす。

 伊達に1食6000円ではない。


「しかし、こんなの毎日食ってたら、財布が空っぽだな」

「旅行中にそういう事言うのは無粋だよぅ」

「いや、冗談、冗談」


 つい、普段の食費と比較してしまうのは良くない。


「次は本命に行くか」


 名前の通り、お粥がここでのメイン。

 普通の味気ないお粥と違って、なにやらどろっとしたものがかかっている。


「美味い。美味いんだけど、ちょっと食レポは無理そうだ」


 何やら複雑な出汁とあわさってとてつもなく美味いことは確か。

 しかし、材料が何だとかの分析は無理だ。


「別に食レポしなくても、美味しいでいいよね?」

「いや、そりゃそうなんだけど、言葉に出来ない美味しさって、もやるんだよ」


 美味しい、美味しい、だともったいないと思うのは貧乏性だろうか。


「もう、みーくんは仕方がないんだから」

「性分だっつの」


 しかし、本当に美味い。ホテルのビュッフェとも一線を画する美味しさだ。


「あ、でも。なんか、心が落ち着く味って感じはするよな」

「うん。ほっとするよね」


 薄味で、でも、旨味が強い出汁のせいだろうか。

 食べていると心がとても落ち着く気がする。

 ゆっくりと、ただ、味わっていたくなる。


 その後、やっぱり美味しいその他のおかずも含めて、1時間かけて完食した。


「本当に美味しかったです。どうもありがとうございました」


 あまりにも美味しかったので、そんな言葉が自然と店を出るときに出ていた。


「なんか、色々衝撃だったよ。食べ物もほんと色々あるんだな」


 特に、一見単純なお粥がこんなに美味しいなんて。


「私も、帰ったら、もっと色々工夫してみたくなってきたよ」


 古織はといえば、違う部分で燃えていた。


「しかし、これだと、お昼は要らないな」

「ブランチってことでいいんじゃないかな」

「また洒落た言葉を……。まあ、そうかもな」


 brunchブランチは、breakfast朝食 + lunch昼食を合わせた単語だ。

 朝食と昼食を兼ねた食事を指す言葉だ。


「とにかく、次は金閣寺か」


 日本史でも出てくる有名なお寺だ。


「うん。それじゃ、出発!」


 元気の良い声とともに、自転車を再び漕ぎ出した。

 一路、金閣寺へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る