第37話 金閣寺への道のり

 さて、南禅寺なんぜんじを出た俺たちは一路金閣寺きんかくじへ。


 しかし-


「時間計算ミスったな……」


 そうため息をつく俺に、


「仕方ないよ。自転車で京都巡りなんて初めてだし」


 後ろの席で宥める古織こおり


 俺たちは、今、京都市の北方にある、東西に伸びる今出川通いまでがわどおりを西へ西へと向かっていた。既に南禅寺を出発してから、30分近く。Google Mapsのナビによるとまだ30分以上あるらしい。


「それに……自転車デートを長く楽しめるよ」

「ま、まあ、そうだな」


 初夏の日差しが差し込む京都の市街地をこんな風にデート出来るなんて、贅沢なことだと思う。


「あ、あそこ、行列が並んでる!」

「ほんとだな。なんで、あそこだけ人が居るんだろ」


 自転車を一時的にストップさせて、通りの向かいにある行列店を見る。

 現在地は、有名な神社らしい北野天満宮きたのてんまんぐうの近くだ。

 どうやら、店名は『とよおけ屋山本』というらしい。


「このお店、お豆腐が美味しいんだってー」

「豆腐か……。普段、いっぱい食べてるけど、そんなに美味いのかね」


 安くてタンパク質が豊富な豆腐は俺達のような節約生活をする庶民の味方。

 しかし、行列を作ってまで食べたい豆腐というのは気になる。

 隣の古織を見ると、目を輝かせて物欲しそうにしている。


「行くか?豆腐」

「いいの?」

「別に、そこまで急いでないだろ。行こうぜ」

「うん!」


 端的なやり取りを交わして、『とよおけ屋山本』に並ぶ。


「ね、ね。この『ちょっと上等 ええかげんなそこそこ豆腐』って面白い名前だよね」


 メニューの一つを指差して言ってくる。


「ちょっと上等なのか、いい加減なのか、何なのか、笑えるな」

「せっかくだから、これ、家用のお土産にしない?」

「ネタとしてもおもしろそうだな。採用」


 そんな事を言っている内に列もはけてきた。

 俺達はお土産用の、なんたら豆腐と豆乳プリンを注文。

 今出川通りから内側にある、細い通りに入ってから、食べ始める。


「豆乳の味がするのに、ちゃんとプリンだ……」


 豆乳はあくまで風味くらいかと思ってみれば、濃厚な豆乳の味がする。

 それでいて、ちゃんとしたプリンになっているのだから、面白い。


「美味しい……」


 古織も満足そうに、目を細めている。


「はい、あーん」

「あーん」


 反応する間もなく、プリンを一口差し出された。

 そして、俺は、ついパクっといってしまった。


「美味しい?」

「ああ、美味いな」

「みーくんを餌付けしてるみたい」

「餌付けってお前なあ……」


 気恥ずかしいやら、そう言うこいつが可愛いやら。


「みーくん、可愛い」


 そう言ったかと思うと、髪の毛を撫でられる。


「恥ずかしいんだが」

「みーくん、いっつも私にこうしてくるでしょ?お返し」

「わかった。わかったから」


 楽しそうな古織の顔を見てははねのけることが出来ず、しばしされるがまま。


「髪を撫でるのって、こんなに楽しいんだね。みーくんの気持ちがわかった気がする」


 そう言いながら、クスクス笑われる。


「俺も撫でられる側の気持ちがよくわかったよ」


 髪を撫でられるのがこんなに気恥ずかしいとは。

 手を繋ぐとか、ギュッとするのとは別の恥ずかしさがある。


「じゃあ、こっちもお返しな」


 やられっぱなしはなんだか悔しい。

 優しく、古織のミディアムショートな髪を撫で付ける。


「ちょ、ちょっと。恥ずかしいよ……」


 頬を少し赤く染めて、縮こまるこいつがとても可愛い。


「やっぱり、古織は可愛いな」

「う」

「なんだ?」

「急にそんなドキっとさせる言葉言わないでよぅ」


 か細い声でそんな事を言われると、こっちの方がドキっとする。


「お前の方こそ、男心をくすぐる言葉をだな……」


 そうやって、こそばゆいやりとりをしばし楽しんでいたのだが。

 俺たちを見ながら、


「ねえねえ、あそこのお兄ちゃんやお姉ちゃん、何してるの?」

「あなたも、大人になったらわかるわよ」


 と言っている母娘を発見。

 列の途中で、どうやらここがたまたま見えたらしい。


「ちょっと、自重するか」

「うん……」


 目を見合わせ頷く俺たち。


 おおいに人目をはばかった俺たちは、道中は少し自重することになったのだった。


 そして、寄り道をしたものの、俺達は再び金閣寺への道を走り始める。

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