第33話 夕食、そして……

 のぼせて部屋でバタンキューとなってしばらくしてのこと。

 お互いの腹の虫がぐーとなった俺たちは、夕食に向かうことに。

 イチャイチャしても食欲は待ってくれないらしい。


「すっごい豪華だねー」

「ああ、ビュッフェとは聞いてたけど」


 ホテル2Fの夕食会場を見て、俺達は感嘆していた。

 各種野菜のサラダ、多種多様なスープ。

 見たことがない外国のチーズも色々置いてある。

 ローストビーフやチキンステーキをはじめとして肉類も充実。

 魚も刺身から煮魚、焼き魚などから、お寿司まで。

 デザートにもケーキやゼリー、タルト、その他色々。

 飲み物も多種多様だ。


「よし、取るぞ!」

「私もお腹ペコペコだよ」


 食欲の前に、さっきのムードは鳴りを潜めていた。

 腹が減ってはイチャイチャできない。


 手早く、肉類や魚、野菜、おかずをプレートに乗せていく。


(ちょっと乗せすぎたか?)


 プレートを見ると、今にもはみ出しそうなくらいの食料。

 

「みーくん、食い意地が張り過ぎだよ」

「っても、腹減ったんだから、仕方ないだろ」


 と、古織のプレートを見ると、行儀よく区画をつくっておかずが並んでいる。

 野菜と肉類や魚類のバランスもいい。


「そういうとこ、古織はお嬢様だよな」


 忘れそうになってしまうけど、彼女は倉敷工業株式会社の孫娘。

 社員は100名を若干超えるくらいの、そこそこの会社だ。

 加えて、お義母さんやお義父さんもそれなりに礼儀にはうるさい方。

 こういうふとした場所で品の良さを感じることがある。


「なあに、今更?」

「俺に比べて並びが綺麗だろ。感心してたんだよ」

「みーくんは何度注意されても、治らなかったよね」


 楽しそうに古織はそんなことを言う。

 昔の事を思い出したんだろうか。

 食べ方が綺麗じゃないとお義父さんたちに注意されていた頃を。


「ま、いいだろ。座ろうぜ」

「う、うん」


 空いていたテーブル席に座って、いただきますをする。


「美味い!いやー、クオリティ高いな」


 まずは、ローストビーフを口に運ぶ。

 いい感じに肉汁が出て来て、それがソースによく合う。


「うん。サラダもシャキシャキで、美味しいよー」


 幸せそうな顔で、レタスのサラダをシャクシャクと食べている。

 その様が、野菜を頬張るウサギのようで、可愛らしい。


「どうしたの、みーくん?」

「ああ、いや……」


 その言葉を口にしようとして、ふと思い出す。

 さっきのお風呂場での出来事を。


「言いかけて、止められると気になるよー」

「しかしな……」


 素直に言ったら、こいつは照れる。間違いなく。

 さっきまでの雰囲気に戻ってしまうんじゃないだろうか。

 考えないようにしてたのに。

 

「ひょっとして、怒るような事考えてたの?」


 古織は疑わしげだ。


「そうじゃなくて……美味そうに食べるなって思ったんだ」


 結局、ごまかした。


「うん?もちろん、美味しいよ?」


 不思議そうな古織。

 食事時にまで、イチャイチャしたいと思ってしまう俺。

 色々駄目過ぎるだろ。


「……なんだか、女の子とか、カップルが多い気がしない?」


 ふと、古織が言った。そういうことか。


「ここって、豪華ビュッフェが人気なんだってさ」


 宿泊先を選ぶ時になんとなく見かけた情報だ。


「そっか。ちょっとお洒落だよね、ここ」

「お洒落、なのか?」


 確かに、色々あって豪華だけど。


「内装もだし、料理も、軽めのがいっぱいあるし」

「言われてみれば、がっつり系があんまりないな」


 プレートからして、おかずを9つ置くように出来ている。

 おかずを少しずつ盛り付けるためなのは明らかだ。


「みーくんは、がっつり盛ってるよね」


 くすっと笑われる。


「う……いや、つい、な」


 そこまで意地汚いつもりはなかったのだけど。

 つい、いっぱい食べようと思ってしまったのか。


「みーくんらしくて可愛いよ」

「どこが可愛いんだよ」

「そういうとこ」


 時々、こうやって、古織から可愛いと言われることがある。

 しかし、未だに理由はわからないままだ。

 こいつの方が可愛いんだけどな。


(まあ、いいか)


 可愛い、を受け流して食事を再開する。


◇◇◇◇


「はー、食った、食った」


 部屋に戻った俺は、お腹を撫でる。

 結局、デザートを含めていっぱい食べてしまった。


(そろそろ、渡そうか)


 結婚記念にと用意しておいたプレゼント。


「よし!」


 ベッドから立ち上がって、バッグの中をごそごそとする。


「どうしたの?」


 仰向けで幸せそうな顔をしていた古織が、くい、と横を向く。


「ほら、これ。結婚記念のプレゼント」


 包装紙に包まれたそれを差し出す。

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