第7話 バカ夫婦

「「ええーーーーーーーーーーー!?」」


 幸太郎こうたろう雪華せっか二人の叫び声が教室中に響きわたる。


「ちょ、幸太郎も雪華も声でかいって」


 新学期早々悪目立ちは避けたい。


「さすがにビビるよ。ほんとーに、ほんとーに結婚したのかい?」


 と、幸太郎からの疑問。確かに、すぐには信じきれないか。


「ああ、本当に結婚した。4月2日に」

「それ、道久の誕生日じゃない。結婚出来るようになったその日に……?」


 雪華はさすがに鋭い。


「イグザクトリィ」

「英語で言えばいいってもんじゃないわよ。古織こおりにねだられたんでしょうけど」

「うぐ」


 当たっているだけにそこは何も言えない。


「もちろん、俺も結婚したかったからだからな」

「はいはい、そこは疑ってないわよ。で、古織は?今の気分は?」


 黙って話を聞いていた古織に視線が向けられる。


「すっごい幸せ。お嫁さんになれたし、同居もしてるしー」


 古織はとても嬉しそうにそんな返答を寄越す。


「結婚した上に同居まで?よく古織のお父さんたちが許してくれたわねー」

「そこは、お義父さんの方から要求があったんだ」

「お義父さんって……。早くも新婚してるわね」


 少しげんなりした様子の雪華だが、何が悪いというのか。


「とにかく、家賃は出すから好きなとこに住みなさいってことになった」

「古織ちゃんのお義父さん、娘にダダ甘なんだね……ああ、道久にもか」

「いくら古織のところがお金持ちっていってもねえ。ちょっと羨ましいけど」


 幸太郎と雪華は、当然ながら、親元で普通に暮らしている。

 こいつらも、親の目がない場所がほしいのだろう。


「ふっふっふっ。羨ましいか。今の俺たちの境遇が。イチャイチャし放題だぞ?」

「お父さんたちの目を気にしないでもいいのは重要だよね!」

「君たちは学校でも人目を気にしてないと思うよ」

「でも、学校だとさすがに出来ないことはあるだろ」


 主に、睦事とか、睦事とか、睦事とか。

 それに、キスに浸るのも、ハグし続けるのも、学校だとやりすぎ感はある。


「……想像はつくけど。やられたらドン引きだわね」

「既に引いているだろ。つーか、それやったら、下手したら処分食らう」

「とにかく、おめでとう。せっかくだし、放課後は四人で遊びに行こうか」


 幸太郎なりのお祝いといったところか。ありがたいことだ。


「おー、いいな。古織ももちろんいいよな」

「うん。みーくんとは家に帰ってから思う存分いちゃつけるしー」


 目と目でアイコンタクトを送ってうなずき合う。


「目と目で通じ合ってる感じ。ほんと凄いわよね」


 少し呆れた様子の雪華。だけど、


「目と表情で、ある程度言いたいことわからないか?」

「ねー」


 再び顔を見合わせてうなずきあう俺たち。


「私達は、まだそこまでの境地には達してないわよ。ね」


 雪華が幸太郎に同意を求める。


「長年の付き合いだけのことはあるね。もう、15年だっけ?」

「付き合い始めたのが幼稚園の年少組だから、それくらいか」

「私たちの歳で交際歴15年て、かなりおかしいわよね」

 

 少し愉快そうにそう言う雪華だが、言われてみれば。


「原因は古織だな。「おおきくなったらおよめさんになる!」とかいうし」

「みーくんもだよ。「こいびとにならないといけないよ」とか」

「いやいや、古織のせいだって」

「みーくんが原因だと思う」


 しょうもない事でお互いに責任をなすりつけ合う俺たちである。


「バカ夫婦、バカ夫婦。見てて胸焼けがしてくるわ」

「クラスメイトに刺されない程度にしときなよ?」


 そんな痴話喧嘩ですらないじゃれ合いをしていたら、忠告を食らう。


「この歳で結婚とかあんま見ないしな。変な目で見られるのは覚悟してるよ」

「君はそれでいいかもしれないけど、古織ちゃんも巻き込まれるかもしれないよ?」

「大丈夫!私はみーくんと一緒ならへっちゃらだから!」


 その言葉に俺は安心する。古織を傷つけてしまわないか、少しだけ恐れていたのだ。


「はあ、もう君たちは……。とりあえず、自己紹介は慎重にね」

「あ、そうか。クラス替えの時期に自己紹介やるんだったよな。忘れてた」


 我が校では、毎年、クラス替えが行われる4月の新学期に自己紹介をする。

 1学年4クラスだから顔見知りは少なからずいるんだが。


「思い切って、この春結婚しました!って言っちゃわない?」

「お、いいなそれ。採用!」

「ますます変な目で見られると思うけど……」

「むしろ、隠してる方が変な目で見られるって。堂々が一番」

「結婚してるってパワーワードで押し切れば、なんとかなるよー」

「堂々と結婚してますってのろけられれば、言う気力も無くなりそうよね……」


 集まって雑談をしている内に、予鈴がなった。


「じゃ、また後でな。自己紹介、楽しみにしといてくれ」

「あんまり突飛じゃないのを頼むよ」

「突飛にしないと面白くないだろ」

「なんか、頭痛の種がさらに増えた気分だわ」


 と言って、散り散りになった俺たち。


 5分程して担任の先生が現れた。はる先生だ。

 本名を、今川いまがわはると言って、科目の担当は現国だ。

 今川というとどうも堅いのか、春先生と呼ばれて親しまれている。

 まだ20代後半でひそかにアラサーな事を気にしている巨乳美人な先生だ。


「はーい。皆集まったわねー。じゃあ、まず、出席取るわねー」


 と、出席簿を回してくる。


「で、その間になんだけど、恒例の自己紹介タイムよ」


 春先生の言葉。やっぱり来たか。


「既に顔見知りの子も多いけど、あんまり投げやりな紹介はしないように」


 そんな春先生の言葉。しっかし、自己紹介か……。

 何をやったものかな……と、正反対にいる古織から何やら視線が飛んでくる。

 見ると、古織が視線を下にやる。なるほど。スマホをみろ、と。


 ポケットにしまったスマホを見ると、


【自己紹介でいい案があるんだけど】


 そんなメッセージが来ていたのだった。いい案……ねえ。

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