小さい頃の結婚の約束にマジレスしたら、可愛い幼馴染と結婚していた件

久野真一

1章 新婚生活、はじめました!

第1話 幼馴染と結婚したが、生活がギリギリな件

 俺の名前は工藤くどう道久みちひさ。顔は普通よりちょっといい……と思う。まあ、古織はカッコいいと言ってくれるし。学業成績はまあまあ。運動もまあまあ。そんな平凡な高校3年生だ。もし、平凡でないことがあるとするなら−


「みーくーん……ちょっと来てー?」


 遠くから、愛しい、俺の嫁が間延びした声で俺を呼んでいる声が聞こえる。

 嫁の名は倉敷くらしき古織こおりあらため工藤くどう古織こおり

 俺の幼馴染は、幼稚園の頃から、ずっとこの呼び名で俺を呼んでいる。


「おー、今行くから、ちょっと待ってくれ」


 古織は現在、俺と同じく高校3年生。

 女子にしては少し小柄な、150cmぴったりの身長。少し茶味がかったミディアムショートの髪。

 愛くるしい小型犬のような可愛い瞳に、人懐っこい性格もあって、同性から特に可愛がられている。

 均整の取れた身体つきだけど、胸が微妙に小さいことは彼女のコンプレックスだ。触れるべからず。

 そして、学業成績優秀、運動も得意、コミュ力も高いとハイスペック。

 正直、俺なんかにはもったいないくらいの嫁だ。

 

 こんな俺と古織はよく「バカップル」だの「バカ夫婦」だの言われて弄られている仲。


 今日は4月29日で、残すところ4月もあと2日。

 そろそろになる。


「で、どうかしたのか?」


 私服の古織がテーブルに頬杖ほおづえを突いて、首を少し動かして俺を見つめて来た。

 俺を見る目には、いつものような精彩せいさいがなくて、少しだけしょぼんとしている。

 ははあ、これは何かあったな。


「あのねー。聞いてよ―」

「はいはい。聞くよ」

「今月ってあと2日だよねー」


 自慢の髪をかきむしりながら言う古織。せっかく綺麗な髪なのに。


「あーもう。髪がぼさぼさになるだろ」

 

 仕方ないなあと、彼女の髪を優しく撫で付ける。

 こんな子どもっぽい仕草がとても可愛らしくて魅力的に感じる。


「ふにゃあ。もっと、撫でてー。撫でてー」


 古織は気持ちよさそうな顔をして、俺に抱きついてきた。

 飼い犬がご主人様に対するように甘えた声を出してくる。

 さながら、チワワがご主人に甘えてくるようだ。

 昔から古織はこんな甘え方をしてくる。

 俺はというとこういう仕草をされるのに非常に弱い。可愛くて仕方がない。

 抱きしめてくる時のやわらかい感触や身体の暖かさを感じるのも好きだ。

 それに、髪から漂ってくるいい匂いも、汗の香りも。


「あと2日なのがどうかしたのか?」


 さらに背中まで撫で撫でして、機嫌を伺ってみる。古織は背中撫で撫でも好きだ。

 ふぁーと謎の声を発しながら、されるがままになっている。

 こいつはペットか、と少し笑いそうになる。


「あー、そこ、気持ちいいー。じゃなくて、お金がもうないんだよー!」


 少し泣きそうな声で窮状を訴えられた。ああ、その話か。


「残金は1000円か。かなりギリギリだな」


 机の上には野口英世のぐちひでよが1人。あと2日を過ごすには足りない金額。


「ごめんねー。私がやりくり下手で……」


 古織が凹んだ声を出す。

 任せてと言った手前の責任でも感じてるんだろう。

 ほんと、仕方ない奴だ。


「それくらい気にするな。食料は残ってるか?」

「お味噌がちょっと。小麦粉はあるよー」

「小麦粉をそのまま食べるのは勘弁したいな」


 炭水化物は摂取できるけど、餌を食ってる気分になりそうだ。


「味噌と合わせてお団子にするとか色々食べ方はあるんだけどー」


 小麦粉が団子にされたものが味噌汁に浮かんでいるのを想像する。

 古織の料理スキルなら美味しいものが出来そうだけど、ひもじい感じだ。


「それは最終手段な。レトルトご飯なら、100均で1パック100円でいけないか?」

「ひょっとして、ご飯にお醤油かけるだけのやつにするの?」


 えー、と露骨に嫌そうな顔をされる。


「でも、仕方ないだろ。背に腹は代えられない」

「わかるんだけどー。わかるんだけどー」

「とりあえず、諦めよう。いまあるものを美味しく食べる方向で考えようぜ」

「ご飯にかける調味料とか考える?」

「そうそう」

「じゃあ。マヨネーズ、お醤油、塩、お味噌、ナンプラー、とかかな」


 とりあえず、ご飯にかけられそうなものを列挙する古織。だが、


「なんで、ナンプラーがあるんだよ!」


 どうしても我慢できなくて、ツッコミを入れた。


「料理の隠し味に使おうと思ったんだよー」

「気持ちは嬉しいけど、必要になってから買おうな」


 「そのうち使うかもしれない」で買うのは節約の上で鬼門だ。


「えー。みーくんを隠し味でぎゃふんと言わせたいのにー」

「もうちょっと余裕が出来たら、思う存分ぎゃふんと言わせていいから」

「ところで、ナンプラーをご飯にかけて美味いのかよ」

「前にちょっとやってみたことあるけど、意外といけるよ?」

「マジか」


 なんとも貧乏くさい会話をしている俺たちである。


「とにかく、あと2日だ。あと2日。そうすれば、仕送りが入る」


 家賃を別として、俺たち2人には仕送りとして8万円が支給されている。

 5000円はそれぞれのお小遣い、残りの7万円を共同で使う。そんな取り決めをした。


 最初こそ、光熱費込みでも、2人で7万円もあれば楽勝だと思っていた。

 しかし、食費だけじゃなくて、日用品とかその他雑費を含めると意外にお金がかかるのだ。

 洗剤、トイレットペーパー、ティシュペーパー、とかの出費は馬鹿にならない。


「毎日みーくんとイチャイチャできて、幸せいっぱい!って思ってたんだけど」

「幸せじゃないと?」

「幸せだけど。でも、幸せでお腹は膨れないよね……」


 相変わらずしょぼんとしながら、身も蓋もない世の真理を語る古織。


「お腹は膨れないけど、それでも俺は幸せだぞ。だってさ……」


 ぐいと古織の身体を引き寄せて、ちゅっと口づけを交わす。

 さらに、舌を絡めて、彼女の口の中を堪能する。

 ぷはっと古織が息を吐いたところに、俺は「好きだぞ」と愛を囁く。


「みーくんはずるい!こんなことされちゃうとキュンって来ちゃうよー!」


 赤くなりながら、そんな事を叫ぶ古織。キュンと来ちゃうなんて自白しちゃうところがまたいい。


「古織はこういう風にされるの好きなんだろ?」

「だからずるいの!女心を弄ぶ悪魔だよ!」

「聞き捨てならないな。理屈より愛情表現って言ってたのは誰だったっけ?」

「それは私だけど……。とにかく!来月からはちゃんとやりくりしないと!」

 

 話を逸らされた。羞恥が限界を来ると、こうやって話を逸らしにかかってくる。


「そこは同感。出来るだけ安く、栄養バランスが偏らないようにしたいな」


 お金がないとほんとに不便だ。

 食生活もそうだし、デートするにしたってお金がかかる。

 友達とおやつを一緒するにしたって、お金はかかる。

 家に帰れば3食が出る生活がいかにありがたかったか身に染みる。


「明日公開の映画も無理そうだよー」


 手足をばたばたとさせて、全身で不満を表現する古織。・

 こういう可愛らしい仕草も俺しか見られない。えっへん。

 古織は大の映画好きで、結婚する前からよく映画デートに行っていたのだ。


「とりあえず、諦めろ」


 しかし、仕送りが入るのが5月1日の金曜日。

 残金1000円では映画を見に行くことすらできない。


「うー。映画がー。映画がー」


 恨めしそうな声を出す古織。


「来月に仕送りが入ったらな」

「公開初日に見に行けないのはつらいよー」

「そこはさすがに我慢な。来月から節約して行こうぜ?」


 俺はそう慰めるのだが、古織は不満げだ。


「その節約が難しいの!栄養バランス考えると、食費が上がっちゃうし……」


 結婚して最初の月。俺は、二人で家計を考えて行こうと提案した。

 でも、古織は「そういうのはお嫁さんの仕事なの!」と言って譲ろうとしなかった。

 それでいて、古織は昔から、計画的に買い物をするのが苦手だ。


「家計簿を毎日ちゃんとつけようぜ?」

「家計簿とかめんどくさいよー」

「これからも同じ仕送りでやっていかないといけないだろ?我慢、我慢」

「うぅぅー」


 なおも不満そうな古織。なら、


って誓っただろ?」

「うん、そうだね。約束したよね」

「じゃあ、千里の道も一歩から、だ」


 俺たち二人にとって大切な約束。

 後ろからぎゅっと抱きしめながら言う。

 ああ、暖かい。ついでに、小ぶりな胸も少しふにふにとしてみる。


「また、そうやって誤魔化すんだからー。ていうか、エッチぃよお」


 顔色が元気になってきた。ほんとに現金な奴。


「エッチぃことは別として、こうしてると気持ちいいぞ?」

「ほんとにー?こんな貧乳でもー?」

「ほんとだって。ほらほら」

「ちょ、感じて来ちゃうから、ストップ、ストップ!」


 気がつくと、古織の顔が上気して色っぽい感じになっている。可愛い。


「機嫌は回復したか?」

「機嫌というより、ムラムラ来ちゃうけど」


 デレデレとだらしのない顔になっている。堕ちたな。


「でも、そうだね。家計簿、頑張ってみる!」


 腕を握りしめて、やる気になった様子の古織。ちょろいちょろい。


「その意気だ」

「ちょろいとか思ってるでしょ?」

「い、いや。そんなことはないぞ?」


 俺の嫁は鋭い。伊達に幼稚園の頃からの付き合いではない。

 そう、ほんとに長くの時間を一緒に過ごしてきた。


「なあ、古織は今、幸せか?」


 真剣な声で、改めて聞いてみる。


「うん。みーくんとの毎日は幸せだし、大好き。これはホントだよ」


 古織の返事も真剣な声。


「そっか。俺もお前との毎日は幸せだよ。これもホントだからな」


 俺たちはまだ高校3年生。本来なら、親の元で受験生をやっている頃合いだ。

 こんな所帯じみたやり取りをしているのは、ちょっとした理由がある。

 それには、俺達の変わった過去、そして結婚の経緯を語る必要があるだろう。

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