樹の守り神たち(2)

 全身に少しも力が入らなかった。

 だけど自分が、御神本 梓に戻ってることは不思議と感覚でわかった。

 私の目の前に広がる空は、昇りかけの朝日がまだ昇りかけている。

「不思議……飛んでから時間が経ってないよ」

 むこうがやけに暑かったから、ひんやりした地面の温度を背中で感じてるままで、しばらく空を眺めていようと思った。


『梓、平気なのか?』

「うん、大丈夫。でもちょっと休憩中」

 守護神が心配するのも当然。

 ついさっきまでの出来事が、映画のスクリーンの中の物語を観客として観てただけにも感じさせる反面、私自身がとても危険な目にあったリアルな記憶とぶつかり合ってきっとパニクってるんだ。

 むこうでの私はエリスというお嬢様だった。

 あっちにいる間は、御神本 梓である私とエリス・ミナトウナバラである彼女が共存してるっていうか、エリスになって梓に戻ってまたエリスになっての繰り返しだったんだと思う。


「守護神、私まだ混乱してるみたい」

『無理もない。むしろ冷静に自己を保ちつつ、別人として対応できていたといえるだろう』

「エリスは父親の暴走を止めようとしてた」

『マコトはその協力者だったのだな』

「世界の被災地などで未確認の物体が目撃されてるなんてのは、本当にウラシマの旅客機なのかな」

『そこまではこの時代で突き止められはしないだろうな』

「だからって、エリスの父親はものすごく恐ろしいことを言っていた」

 とても恐ろしい表情で、とても人間とは思えない発言に、思い出すだけで耳鳴りがあの声をいやらしく響かせた。あの時のジィオスは、悪意が全身から黒い粉となって吹き上がって見えた。悪魔の化身から吹き上げられる粉に触れただけで、心を病魔に侵されるに違いなかった。

『もはや常人の思考ではありはしない』

「本当にありもしない過去を作るために多くの人が命を落とすなんてダメだよ!巨大地震が起こるなんて絶対ダメだよ!」

『エリスと梓は偶然にも同じ希望を持っている者同士だった』

「ちがう……守護神、私やっと思い出してきたっていうか、つながってきた気がするんだ」

『やはりな』

「樹の守り神たちの物語はやっぱり私の地図だったんだ」


 美しい緑の星、トピアリーナにあるとき亀が助けを求めてやってくる。

 住んでいた星を追い出されて行く所がないので、少しの間だけトピアリーナにいさせてほしいと。

 心の優しいガーディアンゴッドたちは、そのことを哀れに思ってしばらくの間だけ亀たちを迎え入れることにする。

 亀たちはそのことに感謝して、星の豊かな緑を守ることに一生懸命せっせと働いた。

 そんなフリをしていただけだった。

 亀たちはしばらくすると、人間という生き物を一人、また一人とどこからともなく連れてくるようになった。

 この美しい緑の星と、綺麗な羽を持つガーディアンゴッドを誰にも見せられないなんてもったいないなどと、いい加減な理由をもっともらしく理屈立てて、本当は人間から金儲けをすることが目的だった。

 人間たちがそのうち、その美しさだけで満足しなくなった頃、亀たちは緑を枯らす害虫をわざとトピアリーナに放って、ガーディアンゴッドたちを混乱させる。

 その様子を人間たちは楽しんでいた。

 そして星の緑を守るためにガーディアンゴッドたちが下した決断とは、自らの美しい背中の羽の養分を緑に注ぎ込むことだった。

 やせ細り、美しい羽も失いゆくその“樹の守り神たち”を哀れむ人間は一人として現れるどころか、その悪魔たちは立ちどころに歓喜してその行為をはやし立てたのだった。


 ハッとして上半身を起こす。

 私はその後の結末を読むことができなかった。

 そしてむこうでも、亀の奴らに奪われた“樹の守り神たち”の本を取り戻すことができなかった。

 けれど、なぜ亀の奴らが私からあの本を奪わなければならなかったのか。それは、私にあの本を読まれることがアイツらにとって不都合だったからなんだ。私は彼らにとって脅威なんだ。

 悔しくて握った自分の手が痛いくらいに力が入ってる。

 だからといって、本を読むことができない自分がこれからどうすればいいのか分からないなんて、本当にちっぽけに思える。

「物語の結末さえ知ることができたら、計画を止めることが私にもできるかも知れないのに」

『世界規模の巨大地震をか?』

「三賀山断層がそんなことに使われるなんて許せないよ」

『物語の結末に、止める方法が?』

「絶対にある」

『もう一度、行くのか?』


 私は胸元の守護神を強く抱きしめた。


「私、御神話みかえ 椿つばきに会いにいくよ」

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