橋の端と端(4)

『おい梓、大丈夫なのか』

 キョコから少し間を置いて、守護神が心配そうに小さくたずねる。

「うん、まだ大丈夫だと思う。ヤバくなったら逃げるから」

『君のことをエリスと呼んでいたぞ』

「こっちの別人の私?とりあずなりきるよ、エリスって人に」

『くれぐれも注意してほしい。私は公然こうぜんとは声を出せないのでな』

「わかった」

 しばらく私はこれから、この世界でエリスという人として振舞ふるまわなければならなそうだけど、本当のエリスという人がどんな人なのか知らないのは超不安で顔に出そう。すると前を歩くキョコが、少し後ろの私を気にしながら話し出す。

「こちらに来られていたのでしたら、お呼びくだされば」

「ああ、そうだね。でも私は自由な人だから、あはは」

 もうテキトーに話を合わせるしかない。

「本当ですよ、気が付けばどこかへ旅立たれていて、また気が付けばこうしてお戻りになって、皆もとても心配なされておりますよ」

 みんな?やっぱり仲間がいるんだ。

「あっ、みんなは元気かな?」

「ええ、皆は変わらずお客様の旅のお世話をさせていただいております」

 旅のお世話……やっぱりここってそういう出入りのある旅行の出発ゲート的な場所なんだ。

 今こうして直感だけで螺旋状らせんじょうに続くスロープを進む自分が、方向感覚を保てられているのか全然分からなくなってる。周りのきらびやかな光とポップな大音響に集中力を欠いているような気がしてならなかった。だけどいいの、今は危険を避けてちゃ何も始まらないから。

「お客さんって、今は多いの?繁盛はんじょうしてる?どんな人たちが増えてるのかな」

「そうですね、以前と変わらず皆様お金持ちの方ばかりでしょう?ですから旅のご希望も様々なので、皆様にご満足いただくのも昔に比べて容易でなくなってますよねぇ」

「へえ、そうなんだ。みんな旅が好きなんだね」

「あら、エリス様が一番そうなのでは?あははっ」

「ああ、あはは……」

 これ、すごく疲れる!もう無理かも!

 螺旋スロープはもうかなりの高さまで来ている。上層階はショップも一軒ごとにドデカくなってて、そろそろこれらが何の店なのかおよそ予想がついてきた。

 さすがの私でも、店舗の名前からその意味ぐらい分からないわけない。

【Space Port Tourist】

 スペース、ポート、ツーリスト。

【Galactic Travel】

 ギャラクティック、トラベル。

【Trip Out Service】

 トリップ、アウト、サービス。

 つまり……宇宙旅行。もっとも私はそこまで驚かなかった。大昔の人なら仰天ぎょうてんしただろうけど、そこまで遠くない将来にそれは実現していたのだろうから。


「スタッフゲートから参ります」

「うん」

 キョコはメインスロープをれてスタッフ専用らしき通路に入る。そこからクネクネと迷路のような通路を進んで着いた場所は、まるで豪華な高級ホテルのロビー?

「ここって……」

「はい、リニューアルされてますものね、こちら新しくなったスタッフベネフィットですので、すべてご自由にお使いください。ちなみにエリス様のお部屋は、お出掛け前のままですのでご了承くださいませね、さあどうぞ」

 開かれた扉の奥は、メチャクチャかわいい部屋だった。レースのついたふわっふわのソファとベッド、モッフモフのぬいぐるみたちが並ぶ超メルヘン空間。

「私の部屋」

「ええ、もちろんでございます。しばらくこちらで、おくつろぎください」

 そう言い残してキョコは部屋を出た。


『本当に大丈夫なのか?』

 守護神はやっと声を出せたという様子。

「分かんない。でもしばらくはこれで大丈夫そうだけど、もう少し行動範囲を広げなくちゃ全然ここの状況がつかめないよ」

『気を付けてくれ』

「この部屋も隠しカメラや盗聴器があったら困るから、守護神は少し声をひそめてね」

『わかった』

 ふわふわのソファは私を沈めて深く落ち着かせた。とりあえずここまでの緊張がほぐれて、私は少し眠くなってきてしまってた。

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