都市伝説(1)

 みかえ つばき


 私はあなたを知っている。

 どうして知っているのか知りたい。

 座って遠くのクラスメイトたちを眺めながら、ぼんやり想う。

 体育館の中で反響はんきょうする音は、独特のラインをえがいて壁ではじけては、ふわりと消えていく。

 走る足音を鳴らす床は打楽器だがっきで、キュッキュとシューズが鳴らすスリップ音は弦楽器げんがっきで、チームメイトの声は管楽器かんがっきの演奏みたいに、私の脳内では離れた神社の夏祭りでやっていた、吹奏楽すいそうがくに変換された。


「見角さん!すごーい!ナイス!」

「ナイス!ナイス!」

「オッケーいくよ!」

「見角さん、お願ーい!」

 体育の時間の棗ちゃんはスター。真のスーパーアイドルスター。抜群の運動神経はいつもチームの大黒柱で、相手チームは戦意喪失せんいそうしつしてしまう。でも優しくて、気遣きづかいもできて、相手を立ててえらぶらないから誰からも人気。

 なのに私には特に優しい。


『あーっ!!御神本さん!!だめー!!』


 忘れたい記憶は消えないもので、夏休み前の校外学習でのキャンプで、食材の野菜を川で洗っていた私は、あやまってそのほとんどを川に流してしまうという恐ろしい失敗をやらかしてしまった。

 私は心から謝っても、怖くてグループのメンバーの顔は見れなった。

 ところがその時すでに棗ちゃんは次の一手に動いていて、キャンプ場に隣接りんせつする道の駅に野菜をおろしに来ている農家の方にある事を交渉していた。

 いわゆるテレビ番組で観たことのある『売り物にならない野菜をゆずっていただけないでしょうか』ってやつだった。

 仮にそのお願いがテレビ番組でないとしても、懸命な女子中学生からのお願い事を邪険じゃけんに思う大人はいなかった。

 あれやこれやと野菜は集まり、ほかのグループにはない食材も入った豪華なカレーは見事だった。

 見角 棗は天才アイドルで、私なんかにはモッタイナイ存在。

 ずっとそう思ってる。


「梓ちゃん、大丈夫?調子わるい?」

 そんな私を心配する彼女を私は好きすぎて、胸がギューっとちぢんじゃう。

「うんうん大丈夫。ちょっとだけ貧血気味かな」

「また朝ご飯食べてないんでしょ。あとでこっそりキットカットあげるね」

 一仕事ひとしごと終えたアイドルは、赤らんだ頬をこっちに近づけて隣に座る。

「すごいね、棗ちゃん」

「楽しいよ、バレボー」

「私とは正反対だ」

「そう?姉妹みたいじゃん」

「まぢ?姉妹?私たちが?」

「そう、そっくりだと思うな私たち」

「へえ、棗ちゃんみたいなお姉ちゃん、いいなあ」

「あはっ、逆だよー、梓ちゃんがお姉ちゃんでしょー」

「ええっ?!私が?!」

「そうだよー」

「そっか、私がお姉ちゃんか……」

「うん、私は姉思いの妹」

「なんてしっかりして、頼れる妹ちゃんなの?お姉ちゃん泣けてきちゃう」

「そうそう、前に気になって読みたいって言った、梓ちゃんちの児童書の話おぼえてる?」

「うんうん、ごめん、まだ探し出せてなくって……」

「あっ、いいのいいの、その物語がたしか……」

「あっ、そうかも」

「仲良しの姉妹の物語だったよね!!」

 私たちは声をハモらせた。

 私は今すぐにでも帰って、その児童書を探したくなった。それはまさに私たちみたいに仲の良い姉妹の話だったと、忘れてた記憶が色づいた。

「近いうちに持ってくるね!」

「うん、待ってる!」

 今この私たちだけの空間は、あったかくて心地いい日向ひなたぼっこみたいだった。

 さっきまで壁で弾けて消えていただけだった反響音たちも、今は色とりどりのカラフルな光の粒になって私たちにそそいでいた。

 虹色の星の粒を、私たちは全身に浴びていた。


 ――しかしそんな幸せを壊す存在もまた身近にあったんだ。それらはいつも私を不快ふかいにさせる存在。


「やあ、御神本 梓さん」

「噂になってるよ、知ってる?」

「仲良しの若林くんは、ついにったみたいじゃん」

「君もったんじゃないの?」

「地球外生命体に――」

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