絵本の部屋(4)

『今月、政府与党は自然災害対策法案について、20日召集の臨時国会へ提出する見通しだと、複数の政府関係者が明らかにしました。この法案については、自然災害に国が対応するレベルやそれらに付帯する緊急措置法、また日本が外部からの攻撃を受けた際の対応についても盛り込まれており、自然災害として認められる範囲についても議論が交わされることが予想されています。政府はこの法案の可決が国としての急務だとして、宇宙開発改正案と共に来年1月召集の通常国会での成立を目指すとしています』

『さてこの報道について、コメンテーターの皆さんへお聞きしたいところではありますが、矢代先生これいかがです?』

『まずですね、外部からの攻撃って何なんだってところが率直な疑問ですね』

『国外からのってことなんですかね?』

『まあそうでしょうけど、宇宙開発改正案の内容も見てますとね、まさかそれ以上の予期せぬ出来事にまで対応するつもりなのか?って思っちゃいますけどね』

『確かにその通りですね、ありがとうございます。まあ、いずれにしましても今後の日本の将来を大いに占う重要な法案に注目が集まっています』


 今朝も我が家はワイドショー。

 もうこの清々すがすがしさのカケラさえも感じない朝の始まりそのものが、私にとってストレスでしかない。

 ほかにもある。

 家自体が洋風で、何ていうか木のぬくもりっぽさがないことも、朝食がパンだってことも、玄関の呼び鈴がリンゴ~ンって音だってことも……。

「日本人は畳でしょ」って棗ちゃんに言ったらケラケラ笑われて「梓ちゃん意外と古風なんだね、羊羹ようかんとか最中もなかとか好きだし」って笑われた。

 だけど本当に私は畳の部屋で、朝食は納豆なんかをクルクルさせてるドラマのワンシーンにあこがれている。

 ――そんなこと、きっとパパもママも知らないと思う。

 

「おう!梓、風邪ひいてないか?内科いかないか?」


 これもストレスのひとつ。

『ちゃんとツッコミしてあげたらいいのに』棗ちゃんの言葉が耳にかえってくる。

 だからといって急に人は変われるもんじゃないでしょ?

 どうかな。

 棗ちゃんならどう返すのかな。


「梓ちゃん、朝ご飯ちゃんと食べてってね」

 パパもママもいつも通りだった。仮に私の中に気になって聞きたい事があったとしても、さすがに親だからといって感じ取れるものでもないだろうけど、気にしてほしい。

 どうしてうちには何百冊も絵本や児童書があるの?

 昨日私が読んだ本の作者を知ってる?

 教えてほしいけど言いたくない。

 これもワガママなのかな。常識的に成長するとどうなるのかな。


「アズサ、君は来るかい?」


 2階の本の部屋の扉が自然と開いて、私を招き入れる。それはいつもとは少し違う雰囲気。そう思うのは、こんなに部屋の中が明るい光に包まれていることがないからかな。

 初の主役に緊張する劇団のヒロインが、登場する扉の内側で暗い中、自分の手のひらに書いた台詞を読もうとするけど暗くて分からなくって、登場の瞬間に開いた扉の外が、まばゆい光で彼女を引き込んで舞台に招き入れる。

 そんな物語もこの部屋での記憶なのかな。


「アズサ、こっちだよ」


 私は声のする方へ誘われる。

 部屋の奥の、奥の、深い森の奥みたいなところまで。


「あなたは誰?」


 そう言った私は声のぬしと目が合った。

 もう眩い光は出ていなかった。

 私が声を掛けたのは、ウサギの耳にテングの鼻の人形だった。私はその人形と目が合ったと感じただけで、昨日見たものと同じ。一冊だけ抜き取られた本の空間に収まっているだけだった。

「あっ」

 昨日、私が読んでいる途中に寝てしまった赤茶色の表紙の本は、床に置いたままにしてしまっていた。

 本は読んだら元に戻すんだよってよく言われたっけ。

 私は昨日と同じページを開く。

 同じところ……。


 エリスは橋のたもとに立って、来る人来る人にたずねた。

「まちへいくの?」

「この先が町だよ」

「なぜまちへいくの?」

「働きに行くんだよ」

「いつかえるの?」

「夜には帰るよ」

「どんなしごとなの?」

「楽しい仕事だよ」

 エリス……。

 昨日と違う……。

 えっと私……、知りたかったことが!!

 飛び起きたように私は、本を閉じてもう一度同じ背表紙を見た。


 みかえ つばき


 作者は私の記憶にある名前だった。

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