絵本の部屋(2)
心臓をツンツン
冗談なのか、本気なのか、変態なのか、とにかく怖い。
同じクラスだけど、私が話した事なんてあるハズもない男子が突然声を掛けてきた。しかも私の黒歴史、人生最悪の出来事を掘り起こすなんて普通じゃないと思う。
これってサイコパス?!
「どうしてそんな事を言うの?」棗ちゃんが私の前に立って男子に詰め寄る。
「どうしてって……」気の弱そうな男子……名前なんだっけ。
「梓をからかってるの?困らせたいの?――
「えっと……」
こっちから
それはとても自然に
「僕、見たんだよ」
そして私の本能は反射的に
「何を?!」
「UFOだよ……見えるんだよね?御神本さんは……」
怖くて後ろの首筋から背筋がこわばる。全身が
何て言えばいいのかなんて絶対分からなかった。見えたけど見えたわけじゃない。正確には見えてないけど、見えたように感じた。どう考えても説明できる話じゃない。
「梓の事はともかく、若林は本当に見たの?」
「見たよ」
「遠くの空に光ってた、とかでしょ」
「違うよ、三日月くらいだよ。デカイってことは近いってことだよ。このあいだ御神本さんが、UFOだ!って言ったからビックリしたけど嬉しかったんだよ僕……仲間がいるんだと思って」
「そんな……嘘だよ見えるハズない」
棗ちゃんが弱々しく言い返す。
「じゃあもういいよ」
それだけ言って若林は、無表情なまま出席番号最後の一番後ろの席に戻った。その動きがやけに機械っぽく見えて、景品を取れなかったUFOキャッチャーがスタート位置に戻るシーンと重なった。
「どうしよう、私……」
「気にしないで、梓ちゃん。私がいるから」
棗ちゃんの優しさが、ふわっふわの毛布みたいで落ち着く。棗ちゃんのためなら、自分が何でもしてあげられそうな気がした。
席に戻った若林は、もうこっちに目も向けてない。少し怖かったけど、ひとまず安心。
「すごいな、棗ちゃんは」
「ん、何が?あっこれ?練習すればできるよ」
猫目の笑顔で自慢げに特技を
「じゃなくて!」
「ん?」
「その技もすごいけど、そうじゃなくてさっきの対応とか……」
「ああ、ううん。びっくりしたよ。でも今は関わらないでおいた方がいんじゃないかな」
「うん」
「あ、そういえば梓ちゃん、今朝のパパさんの話」
「うん、夢から覚めた少女?」
「なんか違うけど、その前は本の部屋に居たんでしょ?」
「そうだよ」
「梓ちゃんの空想部屋……」
「そうそう」
「小さい頃はよく絵本読んでもらったって」
「そんな気がするんだよね」
「へえ、いいなあ。前に梓ちゃん言ってた児童書、気になる内容だったなあ」
「あは、そんなこと言ったっけ私」
何気ない会話だった。
ふたりとも笑顔で。
棗ちゃんの指先の爪で回るシャーペンを見てたら、何も考えなくていいくらいに
「ところで、その部屋」
「うん」
「どうして、そんなにいっぱい本があるの?」
不思議すぎるくらい考えたこともなかった。
誰の本なのか。
どうしてあんなに何百冊もあるのか。
私に絵本を読んだのは……パパでもママでもない誰か。
私は何かを知らないみたいだった。
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