第三十二節 看護師からの攻撃#10
もう6月が終わりそうだ。梅雨明けまであと少しのところか。雨はまだ降っているが、もうそんな季節になってしまったのだと実感させられる。此葉と離ればなれになってしまってから2ヶ月が経とうとしている。
短くもあり、長くもあった2ヶ月だった。会いたい気持ちは今でも勿論ある。此葉も会いたがっているだろう。
何で退院できないんだろう……と思う事がしょっちゅうあった。呼吸不全で入院生活が長くなるのはおかしいと感じ取った。ストレスだから精神科関係も絡んでくるのかなと考察した。点滴を外しても平気だし、酸素マスクも外せた。だけど、ちょっとしたストレスで、過呼吸になったり、倒れたり、呼吸困難になったりするのは死に至る事もあるから重症だ。なるべくストレスの無いように生きたい。
いつものように朝ご飯を待ってると、「今日でここ辞めるから。看護師は辞めないけど。今までよく頑張ったね」と告げられた。
そして「はい」と朝ご飯をテーブルに置かれた。
「僕のほうこそ今までありがとうございました」お礼を会釈して述べる。
その看護師は任務が終わると去っていった。
他の看護師にも聞くとそのかたは別の科に移るらしい。
沢山いる呼吸器科の看護師の中のメイン看護師が変わるらしい。全部で4人だが、1人抜けるから新しい人が加わる。
今の看護師はまだ僕のことを空気のように接したり、淡々と無表情で世話してくれるだけなので偏見で見られる事はないが、新しい看護師はどうだろう。そこが心配だった。
「いつ替わるんですか?」
「近いうちに替わります!」
今答えた看護師はきゃぴきゃぴしてて、小柄で可愛らしい看護師だ。ただ、それ故に魅惑的になり、看護師として働けてるかが問題だった。僕はつられて声が甘くなったり、性を逸脱したりしないが、他の人だとつられる人もいるだろう。
でも聞けて良かった。
それから3日が過ぎた。
その日の昼頃。ご飯を食べる少し前、新しい看護師を紹介された。
「この人が新たに加わる看護師さんよー」との掛け声の
「よろしくねぇ、颯くぅーん」規律を逸脱した喋り方でいきなり抱きついてきた。意味が分からない。
「ちょっと、
それはそうだ。でも、2人きりになったらどうしよう。止めてくれる人がいない。
この看護師は最初に入院してきて意識が戻った時に見た最も苦手な看護師だった。(何でこんな時に)と思った。
よろしくと言われたので「よろしくお願いします」とだけストーンと返事した。
すっかり食欲が失せてしまった。全部あの看護師のせいだ。その嫌な看護師はすぐ隣にいる。
「あー食べてる。口の中に食べ物が運ばれていくよ」
「可愛いぃ~」
とこんな事をほざいて、更にはカメラを向けてきた。当たり前の事を言ってるだけで何が楽しいのだろう。言葉は無視した。だが、カメラは許せなかった。いくら僕がVIPだろうと病院のルールを破った行為は見てみぬふりはできない。
「やめてください」僕がカメラを奪おうとすると抵抗してきた。
どうせ僕の食べてる姿を動画に収めたいだけだろう。
ナースコールを押し、助けを求めた。その最中にこんなやりとりになった。
「強姦された
「それは……関係ないじゃないですか!」
それに何で被害者の名前まで出回っているのだと疑問に思った。
はぁはぁはぁと呼吸が苦しくなる。その苦しくなったタイミングでナースコールに反応して駆けつけた看護師が現れる。大丈夫? と聞かれる。
「この人。この人変えて下さい。食欲無いです」
昼ご飯は途中で食べれなくなった。この看護師のせいでご飯が無駄になると思うと胸が痛い。
「何もしてないでしょぅーっ」平然といつもの態度で接するこの女。腹ただしい。
看護師が僕の嫌いな看護師が持ってるカメラに気づいた。
「何もしてないってこれ、何ですか。カメラは持ち込み禁止です」
そうして、いやはやカメラは没収された。
「何か嫌な事あったらいつでも言ってね」と
午後はずっと嫌なことばかり考えていた。その看護師辞めてくれないかなとか。此葉のことは頭に無かった。何故、そういう気持ちの時は楽しい事や嬉しい事が思い浮かばないんだろうと不思議に思う。
此葉はいつ来てくれるのだろうかなんて事は今の颯の脳内には無かったけど、もっと後になると思える。
今日は診察の日だった。酸素マスク付ける程ではなかったが、かなり息苦しかった。
主治医の先生が来た。男の先生だ。病室まで来てくれる。診察によって退院出来るかが決まるんだ。僕の目的、目標は1つ、退院して此葉と幸せな日々を送ることだ。
主治医は一息吐いてからこのように話を始めた。
「こんにちは。体調はどうですか? 息苦しさはありますか?」
「息苦しくないです、大丈夫です」と嘘を吐いたが、反応はどうだろうか。見破られてしまうかなと不安になった。
「それは違うよね、息もはぁはぁしてるし、ゼーゼーいってるし。酸素マスク付ける?」
全て見透かされていた。酸素マスクは付けたくない。これ以上、悪くなるのは避けたい。
「ごめんなさい。嘘吐きました。でも酸素マスクは付けないで下さい、お願いします」
「すぐそうやって嘘を吐く癖。皆に嫌われるよ。昼食残したんだって?」刺々しい言葉を投げかけてくる。そういうのやめてほしい。
自分の気持ち、ちゃんと言わなきゃ。息苦しさを交えながら、振り絞った。
「昼ご飯食べれなかったのはあの新しく来た看護師のせいです。モラハラとかセクハラとかするから」
主治医はびっくりして目を丸くした。看護師から伝わってないのか。そこに疑問が生じる。
「証拠もない、あなたが以前不祥事を起こしたのだから、少しくらいのしがらみはある。我慢しなさい。もしよっぽど精神的に苦痛になるくらいなら言いなさい」
「精神的に苦しいです」
「でも、看護師はついさっき入ってきたばかりでしょう」
妥協はできないらしい。病院は融通が利かないなとつくづく思う。
「そうですけど……」
「外の広場でも誰かから聞いた陰口が幻聴のように聞こえ、発作。子供の患者の親から受けた言葉でヘコむ。看護師とのいざこざ。全てあなたの問題でしょう」
は? 何を言ってるんだ。この人は。全部僕のせい? 外出たのは悪かったと思っているが、軽率な行動で引き起こしているとでも言いたいのか。僕が犯罪を犯したから、全てはそこから始まっている。いや、その前の生まれ、育ちからかもしれない。
僕が黙っていると
「だからあれ程病室から出るなと言ったでしょ。看護師の問題はこちら側が悪いかもしれないけど。必要時以外、もう病室から出るの禁止」と通告された。
入院中ずっと引き
気づいたら泣いていた。
「うぅっ、うっ……ぐすん………」
主治医の先生はどうしたらいいのかと固まってしまった。
「大丈夫ですか? 落ち着いて下さい。立派な大人の男性なんだから、ちょっとした事で泣かない。本当に心が弱いですね」
心が弱いだなんてひどい。つらい時に性別や年齢だけで区別され、泣いたらいけないなんて
「誰かと話したりするのは好きなんです」
主治医は僕のセリフを無視し、呼吸のチェックに赴いた。
「心臓の音聞かせて下さい」
「脈失礼しますね」
「熱は無いですね」
「息を袋に吸って吐いて下さい」
「はい、ありがとうございます」
そして、診察が終わり、帰ろうとした。
「待って。看護師、替えて下さい」
一度振り向き、「検討します」とだけ言って今度こそ帰っていった。
検討するの言葉だけで少し安心できた。いつか替えてくれるかもしれない。
主治医の教え通り、午後はずっと病室の中にいた。1人は寂しい。窓を見ることしかできない。本は談話室にあるのかな。花瓶が気になる。花を持ってきてくれる人はいないかな。此葉が持ってきてくれると嬉しいな。
夜ご飯は例の看護師が運んでこなかったから完食し、電話はせず、テレフォンカードは温存することにした。
真夜中、嫌いな看護師がやってきた。着替えの時もやってきた。
カーテンから覗かれる。
「そんなことしたらバレちゃいますってー」と小声で看護師が言った。
きゃぴきゃぴしてる看護師だから当てにならない。もう聞こえてきてるし覗かれてることもバレてるし。
僕が寝てる最中、頭を撫でてきた。体も触られた。
バッと布団を押し退ける。居ない。これはホラーか? でもさっき触られたはず。
気にせず寝る事にした。もう何も気にしない。心を無にした。
朝起きて上体を起こすと嫌いな看護師が寝ていた。叫び声さえ出せなかった。
病室を出ようとすると看護師がむにゃと起きた。
「何でいるんですか」
「颯くんが寝ているの見守るの大変だったんだよぉ」
定期的に見るのは常識だがずっと見る必要はないだろう。
「仲良くしよ?」
「何で僕の嫌なことばかりするんですか。僕は看護師さんが一番嫌いです」
「名前で呼んでよ」
「まあいいや。服脱いで。愛衣莉ちゃんにした事、私にもしてよ。Topモデルなんでしょ。私たちの雲霧靄だよ」
なんか看護師は看護服を脱ぎだした。病室の鍵は掛けられないはずだ。見つかったらどうするのだろう。
ナースコール押したくても押せなかった。
「僕はそういうこと一切しません」自分のことは自分で守らなきゃ。僕は丸くなって
助けて! って思った瞬間、看護師から意外な言葉が口から零れた。
「私ももやくんのファンだったんだよ! プライベートだけど。あっさり突然にファンの支持を裏切って、雲隠れして。許せないの。だからこうして近くにいるから嫌がってる顔や恥ずかしがってる顔を見たい」
すごく歪んだ思いだが、気持ちは分かる。言ってる事は正しいと思った。
「ファンのあなたに嫌な思いをさせてごめんなさい」深々と頭を下げた。
「謝っただけじゃ駄目なの! 社会全体に謝れ。何で私がこんなに傷つかなきゃいけないの! あなたが好きだから愛してるから……」
「今、体で償って」
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