第三十一節 電話での声#9


 朝起きても薄暗かった。カーテンが少しだけ開いている。雨は止んでいるようだ。腕時計を見ても4時ちょっとすぎ。早朝だ。こーゆー暇時間が僕は嫌いだ。そういえば音楽プレーヤーもスケッチブックも家に置きっぱなしだったわ。本は読まない派。読むにしても暗すぎて見えないだろう。音楽プレーヤーとスケッチブックは此葉に取ってきてもらおう。といっても、音楽機器は使用禁止なんだけどね。


7時を過ぎたところで、一度此葉にメールした。


『おはよう。今日は早く起きちゃった。女の子とは距離を置かなきゃいけなくなった、だから寂しい』


早く起きすぎたのは寝れなかったから。朝ご飯は8時からだから、まだのんびりしてて平気だ。


 病室外に出てもリオちゃんには会えない。他の子供と喋っていても同じ事の繰り返しだ。親に見つかったら、あのようなことになる。大人と喋るにしても僕と喋りたい人など居るか居ないか程度のものだろう。


朝ご飯を食べ、検温の後に看護師にたずねた。


「ここって公衆電話ありますよね?」


「はい。1階にあります」


1階か……やっぱりあるんだ。良かった。


「テレフォンカード下さい」


「お金かかりますが」


お金は持ってない。これはからの財布だ。

そしたら残る手順は1つ。


「じゃあ後払いで」


「分かりました。1枚でいいですね?」


軽く頷いた。


今至急じゃないのに小走りで看護師は病室を出た。


しばらくするとテレフォンカードを手にして、戻ってきた。


「はい、カードです」と差し出され、僕はお礼をした。


公衆電話の場所、案内しなくていいですか? と聞かれたが、結構ですと答えた。僕は探索をするのが大好きだからだ。RPGみたいで迷路のような前人未到の地を進みたいのだ。午前中の間に公衆電話のある場所には辿り着けなかった。この病院は広いのである。何せ、総合病院で科が沢山あり、それだけでも迷いそうなのだ。僕は一度行った場所はすぐに記憶し、地図にも自信があるほうだった。それなのにこの一苦労。1階に行くのでさえ、足が疲れた。エレベーターはあるが、運動の為、階段を使いたい。


 昼ご飯を食べる前に此葉から返信があり、『女の子と何かやらかしたんじゃないでしょうねぇー』と来た。


此葉の勘は的中している。女の勘は鋭いとよく言われる。此葉は一緒に暮らしてた時から鋭く、敏感だった。対して僕は、此葉の気持ちになかなか気づけずにいた。だから、反省して次に活かしたい。


『その通り。女の子のお母さんに僕の正体がバレて怒られちゃった。だけど、僕は大丈夫だよ』


『予想の範疇はんちゅう。何が大丈夫なの?』


『え、大丈夫って心は大丈夫ってことだよ。此葉は大丈夫じゃないの?』


『颯嫌い!』


いきなり嫌いと言われてしまった。


『それと何時に起きたの?』


『朝の4時』


『相変わらず早起きだねー』


案外早く返信が来た。


『まあね』


そこでやりとりは途絶えた。


 午後はまた公衆電話探しに出た。点滴を持ち、僕だとバレないように。こういう時にフードがあれば便利なんだけど此葉に持ってきては貰えてない。此葉の家に初めて行った時までは伊達メガネとマスクとフード付きジャンパーは必須だった。整形はしてないからすっぴんで誤魔化すしかない。今もすっぴんでいる。モデル時代はバリバリメイクしてた。すっぴんの僕を好いてくれてるなんて嬉しい限りだ。


公衆電話はやはり見つからなかった。総合病院だからエントランスホールの近くには何も無かった。続いてこの病院の殆どは高級なリニューアルされたような塗装なのだが、古びた一角があった。壁も黒い汚れた部分もあり、ここだけ何もされていなそうだった。四角が沢山ある壁だ。


通り過ぎた道を振り向いてみると、壁に囲まれた所に公衆電話があった。


「あった!」思わず声に出してしまった。


でも遠いな……


ここまで来るのにすごく時間が掛かった。道はある程度覚えたので問題ないが、夜来るとなるとお風呂の後に来た場合、薬の時間と被るなとか、ちょっと薄暗くて怖いかもとか考えてしまった。


 そして、すぐそこにコンビニみたいな所があった。そこで何か買えるかもと思ったが、生憎あいにくお金を持っていなかった。自動販売機もあった。買いたいのがポカリスエットとコーヒーとカルピスソーダ。買えないけどね。


コンビニでうろうろしてた。知らないお菓子とかもあって、思わず凝視してしまった。


 偵察は予定通り上手くいった。呪いの公衆電話とかじゃありませんようにと電話の前で手合わせしてしまったりしたけど見つかって良かった。後の時間は病院探索にまわした。本来歩く派の人だけどエスカレーターを使ってみた。病院のエスカレーターってそこら中を見渡せていいなーと思っていた。


リオちゃんがいるはずの2階にも行ってみた。病室の名札にリオちゃんの名前も書いてあって、さすがに中には入れないだろうと戻った。一般病室はこんな感じなんだと知ることもできた。


自分の病室に戻り、ベッドに寝転んだ。天井を見つめて、必ず風呂が終わったら公衆電話掛けると決めた。


 風呂に入った。許可があるから入れるのだが、点滴が無いとどうもクラクラする。そしてムッとした蒸し暑い空気に包まれる。人が沢山いた。年上の人ばかりだった。雲霧靄だとバレなければ変な目で見られないのだが、僕だけが知ってるから浮いていてポツンとした疎外感に襲われる。そして鏡を見ると自分の裸。僕は自分のことが嫌いだ。あの一件以降自分の裸体が更に気持ち悪く感じるようになった。此葉だけが大切に思ってくれてるけど、気持ち悪いに越したことはない。別に皆気にしてないと思うのに洗ってる所を見られたくない。風呂は1人で入りたい。温かいお湯に浸かった。心も体も癒される。そして、風呂場から出た。お待ちかねの公衆電話だ!


 一旦病室に戻り、点滴を付けてもらい、薬を飲んでから行くことにした。点滴が無いと不安だ。


暗い廊下を只管ひたすら歩き、エスカレーターも使わずに目的地へと着いた。


受話器を取り、プルルルルの音を待つ。もう寝ちゃってるかなと思ったが、出てくれた。


「もしもし」と僕が言う。


「もしもし」


「此葉、僕だよ。碓氷颯です、急にごめんね」


久しぶりの此葉の声に感動しながら、電話を続けた。


頼みたい物を伝え、来るように言ったのだが来れないらしい。来るとしても遅くなるとの事だった。でも、電話ができて声が聞けて安心した。


「じゃあね、颯の声が聞けてよかった。元気そうで何より」


「僕もだよ、じゃあね」


そこで電話を切った。テレフォンカードに残りがあるそうでまた電話ができるらしい。


 元気そう? 元気なのかな、今の僕は。こうやって小さい事に考え込んでしまうのが僕の悪い癖だ。


まあいい。此葉の声はいつもと変わらない明るい声だった。最後に聞いたのいつだったかな……


電話越しに話すとメールと違って、遠くにいるのに近くにいるような気がする。


此葉の声を頭の中で巡らせながら眠りに入っていった。





















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