第二十六節 久しぶりの外#4
此葉がお見舞いに来れなかった日から数週間が経過し、食欲も有り、体調も安定してきた。まさかこんな言葉を言い聞かされるとは。
「点滴、大丈夫そうなので外しましょうか」
「えっ、いいんですか? ありがとうございます」
そうして今まで通されてきた、針と管が外された。なんだか解放された感じだ。このまま退院できるのかなと心の中で思っていた。その時はそう思っていた。この先に待ち受ける難儀があるとは露知らず。
点滴を外され、今まで通り3食、食べられてる。点滴を外されたら、次は外に行って歩く練習をしてきなさいと言われた。だけど、僕は誰かに指示や命令されるのが苦手で、行きたい時に病院内の広場や公園(遊び場)に足を踏み入れたかった。苦しくなったら、看護師を呼びなさいとも言われた。
朝食を食べ終え、すぐに外に行こうとした。本当に外に出たかったのだ。窓から見える空はいつも綺麗でその下にいたかった。広場の子供たちはいつもはしゃいでいて、親子連れもいたり、大人が1人立ちつくしていたり、座れるとこに座って本や携帯を手にしていたりした。
その中に僕が混じっていいのだろうか。正直、不安だった。病室の外に出たら、どんな目されるんだろう。僕のことを知っている人はどれくらい居るのだろう……
恐る恐る引き戸をスライドさせてみた。ここに来た時は倒れる寸前だったから、あんまり覚えていない。こうなってたのか。エレガントな病院になっている。病室が少なく、VIPは10以下しかない。全て個室だ。もう全てが金と透明でホテルのようだった。でも、僕はこういうの好きじゃない。普通の病院でいい。少ししたら鎖の柵で封鎖されており、どうしたらいいのか分からなくなった。
飛び越えていいのだと思い、足で飛び越えた。そしたら普通のナースステーションが目に見えて、普通の病室もあるのが分かった。
僕と目が合った女性の入院患者さんがいて、目が合った途端、急に機嫌が悪そうにして睨まれて顔を逸らされた。僕のことを知っているのか――それとも顔が嫌だったり?
たったこれだけで僕は生きる自信を無くした。悲しくなった。そしてやり直せないことを思い知った。一度人生で失敗した人はもう信頼度や好感度、支持率を取り戻せないということも痛いほど分かった。
僕は怖いから下を向いて俯き加減で歩くことにした。もう誰も此葉以外とは関わりたくない。此葉だけが僕を世界で受け入れてくれるただ1人だ。そういう人を失ってはいけない。
エレベーターだと密集してるからバレる率高いなと思って階段を使うことにした。ガタッ、倒れそうになった。足が段差があるから余計にふらつく。こういうの勘弁してほしい。倒れて階段から落ちたら大変なことになる。
なんとか外に出れて、外の空気を吸った。久しぶりの外の空気は澄んでいて、気持ちが良かった。少し冷たい風が吹く。そういう風が春の暑さを緩和させ、丁度いい気温を作ってくれる。ここから見える景色も美しいものだった。僕は景色を見たり、人間観察をするのが好きでよく見ている。怖かったけど、ここにいて居心地がよかった。子供の遊ぶ姿や声を聞くだけで此葉と子供作りたいななんて思ってしまう。そう思いながらボーっとしていると後からくる恥じらいがやってきて、1人で恥じらってしまった。でも幸せな家庭を築きたい。まだ結婚していなかったのだ。
なんて立ちつくしていると、小言が聞こえてきた。まさか俯いているし、雲霧靄だとバレないだろうなと思ってたら、僕に関する話題だった。変装してないし、化粧もしてない。此葉と出会う前はノーメイクで変装をしてバレないようにしていた。モデルで活躍していた時代は化粧をしていたから、少し今のほうがバレにくい。あまり変わらないとよく言われる。
「雲霧靄ってここの病院、入院してきたらしいよ」
怖い。
「誰、そいつ?」
「性的暴行で捕まったあのTop1位か2位を一昨年争ってたモデルだよーテレビにも出てたでしょ」と若い女性が告げ口した。
「あー思い出した。ずっと前の事だから忘れちまったよ。そうか、そんな奴いたなー」
思い出された。思い出さないでよ。僕の罪や存在は記憶の彼方にいっていい。
「捕まって精神科入りっ? 笑える。ざまあ」
怖い。怖い。
「そうみたいだね」
そうじゃない。デマが流れている。ストレスによるものだけど、そういうふうに言われるのが嫌だった。そしてとても怖かった。近くにいるのに正体がバレないこの距離。そして言い返せない悔しさや自分への憤り。悪口なんて小さい頃から聞きなれてきた。輝いていたのは一瞬だった。なのに悲しくなる。悪口は言われるだけで暗い気持ちになる。息苦しい。医療を提供されるのは平等なはずなのに、雲霧靄ってだけで差別や偏見で攻撃される。
その人達から離れた。『外に出れたよ』ってメールしたいのにそれすらできない。するはずだったのに。もう限界みたいだ。はぁはぁはぁ、息ができない。倒れそうになった所に看護師が駆けつけた。
「大丈夫?」
返答できなかった。
「何か嫌なことがあったんだね。だから注意して行動しなきゃいけないんだよ。外に行って歩く練習しなねとは言ったけど」
僕はそのまま倒れた。そのまま車椅子で病室へと運ばれた。
ベッドから目覚めたのは午前11時頃のこと。怖い怖いと言い、過呼吸になった。ガタガタと体は小刻みに震え、はぁはぁはぁはぁと息苦しさが続いた。看護師はそこら辺に数人いた為、処置が行われた。
外された点滴も酸素マスクも付けられ、落ち着いたが病状が悪化した。息ができなくなるのが続いた。
食事が出来なくなり、昼ご飯は食べられず、仰向けで目を開けていた。その目からは涙が一軸となり、頬を伝った。
それから数日後。
僕はすっかりと外が怖くなった。此葉にもメールで出来る日に『外出れたよ』と送信した。これ以上、心配させないように余計なことは打たなかった。そしたら、また一歩元気になって良かったねと返事された。本当は悪くなってるのに……
「また外で陽だまりにあたりたい」
そう呟くのだった。
「酷くなってるんだから、無理しないように。理想呟いてても仕方ないわよ」と看護師は言った。
食事も食べれるようになり、また数週間前の状態に戻った。点滴は打たれてるが。
会いたいし、普通の生活に戻りたいよぉ……ゲームしたい。ごめんなさい。
僕の涙とリンクするように雨が降り出した。もう季節は6月だ。
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