第二十三節 此葉のいない生活#1


 目を開ける。白い天井があるのが見える。換気扇のような四角い装置が大きく1つ。息を吸う音が聞こえる。僕はまだ生きてるんだ……ここはっ、って此葉の家じゃない! となると考えられるのは病院。あれ、酸素マスク? されてるっ? 息が苦しい。そうだ、自分から病院に足を運んだんだ。でも、その時意識が薄れてる状態で朦朧もうろうとしてたんだ。それで意識を失って……。


「碓氷様、意識を取り戻しました」と大きな声で看護師長が全員に伝えた。

しかも様付けで。


目を開けただけで騒がれる。意味も分からなく囲まれる。僕は女性が極度に怖かった。トラウマがあるからだ。此葉は男慣れしてなくて、雰囲気からして純粋だったからまだ良かった。でも、最初は怖かった。


それなのに大勢で体をさする為だからとはいえ、近づいてこられたら怖いに決まってる。


「きゃああああっっ!!」奇声を上げた。


そしたらナースステーションにコールを掛けられた。僕はおびえていた。体を震わせて、背中側の壁にずれていった。


「怯えていますね。この呼吸器障害もストレス性のものと思われます」


「大丈夫だからねぇ」頭を撫でられた。何もかもが怖かった。なでなでされるのは久しぶりだ。それをするのは此葉だけでいい。


「はぁはぁっはぁ」呼吸が乱れてくる。僕は何のために病院にいるんだろう。女の人がいるのは分かってた。だけど、死んだら此葉が悲しむから看護師さんのことも嫌々ながらに受け入れた。


背中を擦られ、少し落ち着いた。女の人が怖いと頼んだら4人に減らしてくれた。

起き上がると点滴されていることに気づいた。点滴に文字が書いてある。ずっと文字ばかりを見ていた。


入院中は暇だ。やることがない。僕は暇な時間が嫌いだった。だから暇つぶしなら何でもよかった。何で点滴されてるんだろう……?

点滴されている理由を少しばかり考えていると最近ご飯を食べていないことに気づいた。それか、と思った。


 しばらくしてから昼ご飯がテーブルに置かれた。


「食べれる?」


ゆっくりと「はい」と答えた。だが、酸素マスクを外すと一気に苦しさが増してきた。はぁはぁ、げほげほ、けほっ。苦しくて、目の前にあるご飯にまで手は届かなかった。


 再び酸素マスクを着けられ、もう一度眠りに就いた。


 一方、その頃。此葉宅。このメモってもしかして死んじゃったの? 何も言わず、出ていくなんて酷いよ、悲しいよ。最低。どこ行ったの? 


最後の砦として颯宛にメールを打った。無事に届くといいなぁ……


水族館デートの帰りに買ったイルカのストラップを見ていた。颯は生きてたんだよね。これが生きていた証。

 


 目を覚ますとまた病院だった。これは何度やっても病院にいることは変わらない。変わらないけど願ってしまう。此葉のもとにいたい。あの幸せを取り戻したい。僕を不幸から救ってくれた彼女。


1つだけ変わったことがあった。携帯の通知ランプが点滅している。間違いない、これは彼女からのメールだ。


上体を起こし、荷物置き場まで手を伸ばすが、届かない。ナースコールを押した。怖かったけど。


「携帯、取って下さい」そう頼んだ。


そしたら、「ご飯食べられない患者さんに携帯を渡すことはできない」と断言された。


しょうがないから立ち上がって取りに行こうとした。ふらついていて危ない状態だった。ガタッと右に倒れた。衝撃音で看護師にバレた。


「何やってるの!」


すごく怒られた。


それからまた横たわるだけの暇タイム。遠くの雲が流れていくのを見ていた。

しばらくしてトイレに行きたくなって看護師に言った。


「トイレに行きたいです」


そしたら、両脇に看護師さんがついて、トイレの中まで付き添われた。意味が分からない。トイレの中まではやめて下さいと言ったが、倒れたら取り返しがつかないと論破されてしまった。一応、用を足してる時は後ろを向いてもらった。


そしてまたベッドへと戻った。


 看護師が居ない時間を見計らって、携帯を取りに行った。栄養失調気味で危ないのだが、点滴してるから緩和されている。


ふらつきながら何とか携帯の場所まで辿り着くことができた。


画面を見て、やっぱり此葉か、と思った。でも文面を見てびっくりした。


『大丈夫? 生きてる? どこにいるの? 私も颯と過ごせて楽しかったよ、ありがとう』


『大丈夫だよ。生きてるよ。病院にいる。心配かけてごめんね』


メール送信が終わり、ベッドに就き、寝返りで右を向いた。


此葉がメールに気づくのは18時を過ぎてのことだった。


 酸素マスクは外せない。食事もままならない。トイレも1人で行けない。最悪だ。どこをどう人生狂えばこうなってしまうのだろうか。僕の正体を明かさなければよかった。そしたらこうならなかったのに……


横を見ながら妄想が続いていた。僕は暇が嫌いで何かしてないと気が済まないのだ。妄想といっても自分は登場せず、架空キャラの妄想だった。


夜ご飯は食べれるかなぁ……そんなことも考えていた。


僕の診断名はストレス性慢性呼吸不全症候群だ。一定以上のストレスがかかると息苦しくなってしまう。此葉と付き合う前から診断されていた。それを此葉に教えなかったのがよくなかったと思ってる。


夜ご飯が運ばれてきた。だが、食べれなかった。点滴の量を増やされた。


 僕の部屋は個室だった。しかもVIP室。みんな看護師さんは僕が元モデルだということも知っている。身分証やデータで発覚する。他の入院患者さんはどうだろうか。他の入院患者さんに知られたら……。部屋は静かで落ち着いている。ただ暇でしょうがない。それだけが難だ。   


此葉がメールに気づいた。颯からだ! すぐさま返信した。


『どこの病院? お見舞いに行くから』


此葉からのメールに気づいたが、今日は返信せず、寝ようと思った。


が、19時を過ぎるとまた看護師が来た。


「着替えの時間ですよー」


「ずっと着替えできなかったからねー」


確かに言われてみれば、病院に来た日から着替えていない。トランクケースを持つ体力も無く、置いてきたままだった。


「今、異性の患者さんの服を着替えさせるとセクハラで訴えられちゃうから、無理だったの。ごめんなさいね」


なんで一緒にトイレについていくのは有りで着替えは無しなの?

まあいい。


匂いも無臭の甚平のようでパジャマみたいな普通の病院服を渡された。すぐにその服に着替え、眠る準備をした。風呂に入れないので濡れたタオルで体を拭くように言われた。


 それが終わると薬の時間がやってきた。点滴に入れられた。重症らしく、チューブごと取り替えられた。


それで電気を消され、夜がやってきた。窓は暗い。もう病院から出られないのかなぁなど暗いことばかり頭の中に浮かんだ。夜になると寝れなくなった。此葉のことや暗いことばかり考えてしまって、寝れなくなった。メール画面を何度も見る。だけど返信は明日にしよう。いつ、お見舞い来てくれるんだろう……









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