第二十二節 颯くんの正体


 颯との初めてを終えた朝は清々しかった。いつもよりアソコが痛いけど気にしなければ平気だ。伸びをして、辺りを見回す。いつも通り颯は私より先に起きている。何故か分からない。そして今日はペットボトルの水を飲んでいた。この理由わけに特に気にすることはなかったが、後々重要になってくる。


朝ご飯を食べている時、ずっと彼は無表情で重い雰囲気が漂っていた。冷や汗が出ている。重い雰囲気だった。何か、昨日悪い事したかなと考えを巡らせる。だが、これといって悪い事をした覚えがない。彼は肩を震わせていた。


「大丈夫?」と声を掛ける。


颯は頭を下に下げた。


 朝ご飯を食べ終わり、食器の片づけをした。手伝うよと言われたので手伝ってもらった。だがフラフラしている。フラッと後ろに倒れそうになったので、私が支えた。


「無理しないで。やらなくていいから、休んでて」


「僕が悪いの。心配かけてごめんね」泣きそうな表情をしていた。


 颯はソファーで休んでいた。片づけが終わり、此葉が戻ってきた。


「昨日のあれで疲れちゃった?」と聞く。


すごくつらそうな様子をしている。貧血かなと思った。顔色も悪く、息切れも酷い。ぜーぜーはーはーと息をしている。過呼吸だろうか。


「そうじゃない。大丈夫だから」とこちらに顔を向けてきた。


だけど大丈夫じゃないのは見て分かる。背中をさすってあげた。


 テレビを付けても颯の嫌そうなのしかやってなかった。だから録画してある動物番組を見させてあげた。だけど颯の症状は治まることはなかった。


午後が過ぎ、夕方になった。颯には吐き気はない? と聞いた。そしたら無いと言ってた。だから夜ご飯の準備もした。


何故か颯は泣いていた。


「もう最後のご飯になっちゃうんだね」ボソリと呟いた。


「え、どういうこと?」思わず、動じてしまった。


「いいから食べよ」


そう言ってパスタをくるくると回す。スープも美味しく頂く。だけど涙は川の流れのように止まることなく、流れ続ける。美味しいはずなのにそれすら感じられなくなって、心が無になる。静寂が食卓を流れる。


「どうしちゃったの?」


それには答えられなかった。


夜ご飯をカウンターに戻し、ベッドで一息。

ベッドに戻ってきて言われたのは予想外の言葉だった。


「此葉、もう僕たち別れよう」


「え、なんで?」何か悪いことをしたかと言わんばかりの顔をする。


「僕、ずっと隠してきたんだ。分かるでしょ、それの為に君を傷つけたり、自分を傷つけたりしてきた」


それには心当たりがあった。だけど探ってはいけない秘密なんだと封印してきた。


「分かってる。だけどなんで今、それを言うの? 何か抱えてるのは勿論、知ってるよ。だから何でも受け入れてあげるから信じて」覚悟たる目だった。


「僕はね……はぁはぁ」苦しそうにしている。


「苦しいなら無理して言わなくていいよ」と勇気づけ、安心させた。


「僕の本名は碓氷うすい颯で芸名は雲霧靄なんだ。だから今日で君とは別れなければいけない」真面目な顔して、ナイフをこちらに向けて秘密を告白してきた。


「知ってたよ。途中から気づいてた」


「え」心にあるどす黒い闇が振り払われたような驚きを見せた。私に対して異常だという目をしていた。


「いつから気づいてたの?」


気づかれるような事したかな……


「絵に書いてあったサインで気づいて確信に至ったよ。だから絵を貰った日」


そこか。完全に見落としてた。でも、サインで気づくなんてすごい。サイン会に来てくれてたよね、だからか。


「驚くのは当然かもしれないけど私だって過去に罪を犯したことがある。でもね、反省してもうしなければいいの。だけど1つだけ不明なことがある。どうして雲霧靄だからって別れなきゃいけないの? 私と育んできた愛はその程度のものだったの? 私、悲しいよ。そんなちょっとしたことで別れなきゃいけないなんて……」どうしようもない悲しみやなんで? の顔をしていた。


僕は分からなかった。どうして自分が許されるのか。確か、彼女は僕のファンだった気がする。だけど僕を完全にして受け入れたわけじゃないだろう。


「此葉を苦しませてごめんね……僕は罪人だから別れなきゃいけない。僕のこと、嫌いでしょっ!」


「嫌いじゃないよ。勿論好きだよ。颯にはまだ優しさが残ってる。それをこれからも大事にしてね」と言って、優しく抱きしめた。


そしたらナイフから僕は手を放し、ナイフが地面へと落ちた。カタンという音が聞こえた。


「なんで僕をまた、君は泣かせるの?」


此葉は僕が雲霧でも性犯罪者でも無差別に嫌ったりしなかった。僕の事をちゃんと見てくれてた。


「僕は君と愛を確かめたかった。行為が終わったら、別れるつもりだ……った。だけど君が……はぁ、僕を認めてくれるなら、別れるつもりは……ない。僕の事は………誰にも言わな、い、、で……ね………」そう言い残し、僕は倒れた。


「誰にも言わないよ」


 ベッドに彼を横たわらせて、私も寝た。



次の日が来た。カーテンから朝日が射し込んでくる。


「おはよう」と笑顔で言うが、彼は反応を示さない。


午前のこと。


「僕は犯罪を犯した。強姦罪になった。20歳の頃だった。僕は騙されてたんだ……合意の上だったはずなのに無理やりと言われ、困った。それに20歳以上って言われたのに実は17歳で、捕まるのも報道されるのも怖くて、たまらなかった。それから愛することを拒絶し、時に女性を怖い目で見て、人生が終わった。それで偶然君に会って、財布を拾って人生が変わった。だけど僕は僕のままで性犯罪者なんだよ。此葉はこんな僕でいいの? 僕と付き合って、結婚でもしたらつらい目に遭うかもしれないんだよ。分かってる?」確認するように告げられた。


「いいよ、それでも」迷いなく答えた。


 僕は近藤来夢に潰される為に騙されたんだ。女を紹介されて、全員取り巻きで逃げ道がなかった。


 颯は自分が雲霧靄だと暴露した日から体調を崩しがちだった。原因不明の過呼吸と空咳が続き、はぁはぁと息をしていた。ビニール袋を用意してあげて、そこに息をするように促した。呼吸をするのが苦しそうで、ぐあっ、がっ等の苦しみの声をあげるようにもなった。僕のことを見ないでと言われた。だけど気になって仕方がなかった。

食べ物も食べれなくなった。ずっと蹲り、体を丸くする。


「僕はもうすぐ死ぬのかもしれない」


「そんなこと、言わないで」涙が零れ落ちる。彼の頬をふんわりと撫でた。柔らかくて気持ちいい。


 夜が沈み、朝が来た。カーテンを開ける。朝日が射し込んでくる。


「おはよう」


返事がない。


テーブルを見ると手紙が置かれていた。


“今までありがとう 楽しかったよ”








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