DESTINY~財布から始まる恋~財布を拾ってくれた草食系イケメンの彼が、当時ファンだった人気モデルで、その彼を拾ってしまいました。

依奈

第一節


 季節は春のこと。


「俺と付き合って下さい」

桜が舞う会社の途中の桜通りでハッキリと言われた。


 私、如月きさらぎ此葉このはは大企業のぼうデザイン会社に勤めている。服や物のデザインはもちろん、アニメや広告、商品のデザインも担当している。私は昔から可愛かったり、オシャレな模様に興味を示していた。私には男兄弟はいたが、一緒に遊んでくれる姉妹がいなかった為、一人で人形の着せ替えに没頭ぼっとうしていた。


 勤めている会社は、下のフロアがデザインを決めたり、設計・試案・提案する部署で、中のフロアが決められたデザインにパソコンで、着色、補正や実際にデザインをする商品への長さ合わせをする部署で、上のフロアがデザインを服などの型に取り付け、組み合わせる部署だ。私は中のフロアに所属している。色のないシンプルな模様に塗り絵のように着色するのは楽しい。私はパソコンで絵を書くのも得意だった。


 告白してきた上司は上のフロアに所属していて、私より4年先輩だった。年は2歳差だ。髪色はピンク色でスーツが似合う整ったイケメン上司だった。その先輩にはメールで“俺が作った服を着てほしい”とか“その服、君が一番似合うから、着てみて”など以前からアプローチはされてきた。前から先輩の気持ちには気付いていたけれど、なかなか勇気が出せなかった。先輩の事を意識する事だってあった。だけど先輩の気持ちが分からない。噂によれば、女性にすごくモテていたらしいけど、全て振っていたらしい。なぜ私を選ぶのかも分からない。部署も違うのに。


私は至って平凡だ。いや、自分では平凡だと思っている。家は露天風呂付きで食卓がある所にはシャンデリアがあり、階は60階以上ある高級マンションに住んでいる。ちなみに私の室があるのは64階だ。これは平凡か? 親が金持ち。そして、大企業に勤めていることもあって収入が安定している。


 告白された事が無かった。何故なら中学からは女子校だったからだ。小学校の頃はいじめられっ子だった。その時、救ってくれた男の子に片思いしてた時期もあったが片思いで終わってしまった。

恋愛をした事は1度だけあった。大学生の時の事。告白もお互いせずに自然の流れでそういう関係になったが、一週間で別れた。デートも2回した。喫茶店と遊園地。楽しかった。だけど幸せは長くは続かなかった。彼は浮気をしていた。私の容姿が駄目だって。服がダサいって。顔も可愛くないって。

だから整形もした。服の勉強をする為に大学を中退してまで、専門学校にも通った。誰かの為に尽くし過ぎだってよく言われる。分かってる。それくらい。そして、念願の第一志望の大手デザイン会社に一発で採用されて入社した。正直、彼には見返してやろうと思った。



 告白された事がない為、どうしたらいいか分からなくなった。


傷つけたらどうしよう……断り方が分からない。断りたくない、意識した事もあったし。


そして、口から出た答えがこれだった。


「考えさせて下さい。たくさんのお時間を要するかと思います。辛抱強く待って下さると嬉しいです」


桜が頭の上に一枚落ちた。それを先輩は片手ですくってみせた。


「分かった。君の返事を長くいつまでも待ってるよ、今日もお仕事頑張ってね」


こんな人が行きう中、告白だなんて恥ずかしい……それに先輩の言葉がどれも軽い言葉にしか聞こえない……


「こちらこそ。先輩もお仕事頑張って下さい」と言って手を振った。


 いつも通りにオフィスビルへと向かう。エレベーターに乗っている時、ずっと告白された事ばかり考えていた。


モヤモヤする……


会社の部屋のドアを開け、遅刻せずにデスクに着いた。デザインサンプルをファイルから取り出していると、同僚の彩芹あやせに声を掛けられた。

彩芹は明るい茶髪でウェーブかってて、いつも派手な服装をしている。目もくりくりしてて大きく、パッチリしている。今日は首元にボタンのような留めぐでひらひらが付いた服を着ていた。服全体がレースのような薄ピンクのブラウスだった。下は黒のパンツ、そして靴はハイヒールだった。


「何? 桜通りで恋渕こいぶち先輩に告られたんだって? それ、マジ?」


情報早っ!? あまりにも情報の伝達が早すぎて驚きが隠せなかった。


「何、驚いた顔してんの? やっぱり本当なのね」と見知ったような顔をされた。


「まぁ、そうだけど……それがどうかしたの?」と逆に聞く。


「どうかしたじゃないわよ! こんな千載一遇せんざいいちぐうのチャンス逃してどうするの? 顔もカッコいいし、此葉とはお似合いだし、付き合ったら? 考え中って言ったんでしょ。それも絵梨花えりかから聞いてるわよ」と彩芹は言った。


「考える暇なんてないでしょ。ほらほら、今ならまだ間に合う。私達だって嫉妬とかもしないし、誰も怒ったりしないから」


女の嫉妬しないとか怒ったりしないが怪しい。絶対、付き合ったら酷い目に遭わされるに決まってる。自意識過剰だった。そう確信する此葉だった。


「だって、考える時間くらい必要でしょう? 告白されたの初めてだし。いくらイケメンでも今までされなかったこと、されるんだよ。私的にはメールの距離感が一番良かったな。付き合ったらどうなっちゃうんだろ……」


それに絵梨花に盗み聞きされてたなんて……もう少し警戒しとけばよかった。先輩があんな人多い場所でするから……。


「告白されたの初めて!? え、今いくつだっけ?」


「26だけど」すんなり答える。


「あんた26年間何やってきたの?人生損だよ、損」彩芹に意味不明の顔をされ、叱咤激励しったげきれいされた。


 ろくな人生送ってこなかった。確かにずっと女子校育ちで、まともに出会いを探したり求めてこなかった。そこまで重要な事でもない。恋愛しなければ死ぬわけでもないし、困る事は何もない。そう思ってきた。だが、入社して3年目で転機が訪れた。まさか、この私が告白されるとは思いもよらなかった。


「ずっと女子校だったから」


「それでもおかしいよ」


「そうかな……私なんてモテないから」


「そんなことないって。自信持ちな」そう言って彩芹は缶コーヒーを持ってきてくれた。朝のコーヒーは最高だ。あったかいくらいが丁度いい。仕事もはかどる。



 そうして1日の仕事が終わった。



訪れるのは毎週恒例の飲み会である。ここでは仕事での愚痴やメンバーの愚痴、趣味など様々な話題が繰り広げられる。今日は何故か私の方に視線が向いている。


「此葉、ついに告白されたんだって?? 聞いちゃったよ生で」そう様子をうかがいながらビールを片手に聞いてくるのは絵梨花だ。私の1年先輩で、私よりも仕事ができて、同じ中のフロアにいる。


「そうみたいだよ」と彩芹。


恋渕先輩はここにはいない。つまり私一人で女からの恋愛話こうげきをかいくぐるしかないのだ。


「でも、まだ返事してないし……」


落ち着かせる為にやや遠慮気味に言うと、

「それが考え中だってー」

「聞いたーすごい間近で」

と口を揃えて批判的に当たってきた。


話題を変えねばと思った。


そこで、「そういう二人は彼氏いるの?」と聞いてみた。


すると「私はいないし、この前別れたばかりだけど」と彩芹。


「5年は付き合ってる彼氏いるけど、結婚どうしようか考え中」と絵梨花は不満そうな顔をして口にした。


 結婚は慎重に考えなければならない。だが、5年もの歳月を重ねているのに決められないというのも由々しき問題だろう。絵梨花の彼氏は同じオフィス内にいるらしい。


「結婚はゆっくりと慎重に考えなきゃいけないもんね。将来に関わってくるし」と私の後輩は同感の意をあらわにする。


 話を変えたはずなのにまたボールがリターンしてくる。


「どうして恋渕先輩の告白の答えをすぐに出せないの?」と彩芹が聞いてきた。


「それは先輩の言葉がどれも軽く聞こえたからかなぁ。しかも告白されたのは初めての事だったし……」


「「「告白されたのが初めて!!?」」」皆一斉に感嘆した。


「え、そんなに驚くこと?」


リアクションが大きすぎて私はカクテルを一口飲んだ。甘さと苦さのコラボレーション。酒がどうりで進むわけだ。


「そりゃあ、驚くよ。冗談きつすぎ、あはは」お腹を抱えて笑う先輩達。


「どのへんが軽く聞こえたの?」と絵梨花。


「上手く言葉にできない」と申し訳なさそうに言った。


今日の飲み会は私の周りでは恋バナ、その他は愚痴ばかりだった。


「聞いて下さいよー今日の仕事は肩こりが酷くてーー」

「あんな量の仕事、私だけに押し付けるなんて最悪だった」


周りからそのような声が聞こえてくる。いつものことだ。


 帰路を歩きながらずっと告白された事ばかり考えていた。これからどうしようかと、ずっと。今夜はいつもよりゆっくり歩いた。妄想もしつつ。そうして家へと帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る