第26話 M・Aにて

(1)

 丁度月の架かる時刻だろうか。

 サルラ山脈のM・A(マウント・アッバス)は混沌とした暗黒に包まれていた。

 近日中に想定されている決戦を前に、そこらじゅうに配置されているアンデッド達の死臭と相まって、薄気味悪いことこの上なかった。


 「(少なくとも今は、エリオ達の不意を打っている筈)」

イェルドはそう見ていた。彼にによりほぼ壊滅されたアンデッド達を再配備する為に、衛兵以外のアンデッド達が作動することは無いと知っていても、この地中に死体が埋まっていると聞いて、あまり良い気はしない。

「済まん! 袖だけで良いから! 貸しといてくれ!」

幽霊(ゴースト)の類が大の苦手なランは、『ビショップ(聖戦士)』という肩書きを持つイェルドにぴったりとくっ付いている。先程からイオナがそれを冷やかしているのだが、それを跳ね返す心の余裕が今のランには無いようだ。丁度今、イオナが地面を指差して叫んだ。

「あ、ホラ、ランちゃん! そこ手首が落ちてるから踏まないようにね(ウソ)」

「え? え? 今何か踏んだよ!?」

戦いの前だが、ランはパニックを引き起こしていた。

「ランさん、それは単なる木の枝ですから……」

イェルドがなだめに入る度に、ニンマリとほくそ笑むイオナの顔と擦れ違う。

「イオ!」

――このようなやり取りが、数度に渡って繰り返されていた。

「……。(彼等に運命を委ねてしまって、本当に良かったのだろうか?)」

ビルフォードは、今暫くこのような迷いと付き合うことになりそうだ。

「兄さん、『千里眼呪文』をお願いできますか?」

周囲の喧騒を一切無視してイェルドは事態の打開を兄に求め、一連の茶番を一切無視して凍馬はM・Aの分析を開始した。


 千里眼呪文の詠唱を唱えるや否や、凍馬は驚愕のあまり言葉を失ってしまった。彼の眼に飛び込んできたのは、地下18階にも及ぶ巨大要塞だったのだ。

 目が眩みそうな程の情報網を潜り抜け、凍馬は、やっと3つの特殊な闇魔法分子にたどり着くことができた。

「この山の反対側……丁度、元居た世界へと続く穴の方向に、闇魔法分子を大量放出している術者(ユーザー)がいる」

すぐにランがその術者の名を告げた。

「そいつがポープって子だよ! 口から炎吐いて来る竜!」

幼竜とはいえ、空間に穴を開けることができるほどのユーザーだ。なるべくならまともに戦わない方が良い。これについては、全員が一致した。

「エリオは、きっと地下5階だ」

凍馬はそう断定した。地下2階にある風属性の闇魔法分子は、先日会ったネハネのものに間違いは無い。一方、地下5階にあるその闇魔法分子が帯びた属性は、何とも掴みどころの無い奇妙奇天烈なもので、凍馬も思わず頭を抱えてしまった。

「(ひょっとして、これが……)」

凍馬は、昨日のアユミとの会話を思い出した。


“エリオさんは強いよ……間違いなく全員死ぬ”

“勝てっこないさ。エリオさんは『スペルマスター』なんだ”


即ち、「世界最強」だ、とアユミは言っていた。正直、その時からずっと、凍馬は――凍馬ですら、エリオという男に脅威を感じていた。

「兄さん?」

凍馬の不安が伝わったのか、イェルドが兄に声をかけた。気を取り直して、凍馬は分析を続けた。

「流石に、不意を狙っただけあって、今回はトラップらしいトラップは無い」

但し、防火扉が各階に設置されており、侵入を敵に発覚されればこれらの扉が行く手を塞ぐのはまず間違いない、と凍馬は伝える。

「二手に分かれた方が良さそうだな」

ビルフォードがそう言うと、イェルドもイオナも頷いた。

「地下2階でネハネを抑えるチームと、地下5階でエリオと戦うチームね。」

イオナは、凍馬と同じように山の斜面をじっと見つめた。何も見えはしないが、大体この辺りと同じ高さにエリオが居る地下5階があるという。イオナにピンと来るものは無かったが、この山脈全体が禍々しい闇魔法分子で覆われているのはよく分かる。それなのに、傍らの凍馬の表情は穏やかだ。きっと、この要塞内にアユミの気配が無くて一安心したのだろう。

「イオナ、」

その凍馬とイオナは目が合った。

「悪いが、お前にも多少手伝ってもらうことになりそうだ」

「アラ、その為に来たのよ?」

イオナはニコリと笑ってそう切り返すと、再び山肌へと視線を移した。そのまま、凍馬は全員にこの要塞の大方の見取りを説明した。

「此処から2合ほど上ったところに、地下3階への入り口がある」

凍馬の打ち出した作戦は次の通り。

 地下3階への入り口には、警邏のアンデッド達がいる。

 そこを突破してすぐに、ラン、イェルド、凍馬の3人は、防火扉が閉まる前に地下5階を目指し、地下2階から降りてくるであろうネハネ(と、大量のアンデッド)を、イオナとビルフォードで封じ込め、隙を突いて何とか地下5階で合流する――というものだ。

「エリオは“スペルマスター”って言われるほどの術者(ユーザー)だ。正直、攻撃呪文が使えないイオナと、闇の民と戦ったことが無いビルフォードにはちょっと荷が重いだろう。だが、互いの能力の欠缺を補い合えるだけのキャパシティーと明晰な頭脳がある」

――いつも二日酔いに任せてベッドの上でゴロ寝している印象しか無いこの男に、このような過不足の無い客観的な分析ができるとは思っていなかった他4人は、思わず感嘆の声を上げてしまった。

「……何だよ?」

「良いんですよ、兄さん」

場の空気の変化に気付いた兄を、イェルドが繕う間に、

「よろしくってよ」

「ああ、異議なし」

イオナとビルフォードも了承した。

 

 こうして、“スペルマスター”に立ち向かうのは、次期魔王のランと“ケツァルコアトル”の凍馬とイェルドとなった――何の因果だろうか。まだ、彼等は気付いていなかったのだが、奇しくもこの構図は、かつて空間を二つに分けたという『伝説の勇者』達の戦いの構図と重なったのだった。

(2)

 M・A(マウント・アッバス)二合目。

 ペリシア帝国特殊工作部隊執行部基地の入り口を護衛しているアンデッド達が、こちらに向かってくるイェルドの光魔法分子に気が付いた。

『――我ガ祷リ普ク天地ニ通ラン、我ト我等ノ主ノ声ニ従イ、形亡キ者ヨ去レ!』

死してもなお肉体に縛り付けられていたアンデッド達には、彼の発した除霊呪文の詠唱が有難く聞こえるのだろう、一斉に彼の元へと群がってきた。しかし、

「ぎぃいいいい゛ィやぁああああ゛あ゛ァァっ!」

救いを求めて群がってきていたアンデッド達は、一斉に巨大な鎌(刃渡り、何と4尺強!)で切り裂かれてしまった。その巨大鎌は耐霊耐魔耐物性で、その刃に切られたアンデッド達は有無を言わさず浄化されるようだ。

「……結構、ムゴいな」

「確か、お前の弟は神父だって聞いていたんだが……」

杉の木の陰に潜伏してイェルドの様子を窺っていた凍馬とビルフォードが、禍々しい聖職者に軽く引いていた。その二人の後方では、

「え? 何? 何?」

「駄目よ、ランちゃん。眼と耳は絶対塞がなきゃ!」

イオナが、この色んな意味で問題のある画から一生懸命ランを守護していたという。

「これは仕方が無いんですよ」

一仕事終えたイェルドが、爽やかに額の汗等々を拭った。

「死体と魂魄を結び付ける術・ネクロマンシー自体が、生命の一般原則から大きく逸脱した不自然な魔術です。彼等を骨肉の柵(しがらみ)から救うには、もう一度、死の苦しみを味わってもらうしかないんですよ」

イェルドの言っていることは正しそうなのだが、髑髏(ドクロ)と心臓を彷彿とさせる禍々しいデザインの巨大鎌が、その刃に腐敗した赤黒い血液を浴びたまま、彼の手に握られていては……

「(“迷える魂を救った神父”と言うより、“死者をむさぼる死神”!)」

現場を見ていないラン以外の誰もがそう思ったが、誰もが口にできなかった。

「急ぎましょう、セキュリティーが作動してしまいます!」

イェルドが先陣を切る。


 一見単なる洞穴にしか見えない山肌のエントランスは、無防備なまでにぽっかりと口を開けて5人を迎えてくれた。先行きの見えないこの戦いを暗示しているような暗黒である。

 しかし、臆している暇は無い。その先に見つけた扉は合成魔法樹脂。万が一、同建築内で爆発があって破壊されても、建物自体が自動復元してくれそうだ。ならば……

「アタシに任せろ!」

ランが一躍先頭に踊り出た。

『炎属性魔法球(デトネート)!』

鳴り響く警報に怯むことなく、5人は入り口右手の階段を目指した。

(3)

 案の定、階段の踊り場は、様子を見に来た使い魔のワンド(死霊)達で溢れ返っていた。その光景に青ざめるランに代わって先頭に立ったイェルドは、一斉に閉じ始めた防犯扉を気にしつつ、なるべく多くのワンド達を巨大鎌で切り裂いて進む。

「充分よ、イェルドさん! 地下5階へ急いで!」

一部のワンド達が助けを求めに主を呼びに行ったのを見たイオナが、決断を下した。

「イオ! 大丈夫なのか?」

ランはどうしても、攻撃呪文を封じたままのイオナが気になったのだ。

「勿論よ。すぐにそっちに向かうから、それまでランちゃん達も死んじゃダメよぅ」

イオナの減らず口に安心したランは、舌打ちと苦笑を返して双子達を追った。


 「イオナ、……」

ビルフォードが静かに頭上を指差した。

「アラ、随分早いお出ましじゃない。」

コツリ、コツリ、とヒールの高く鳴る音がした。一斉にワンド達が二人から離れ、彼女の元へと帰っていく。

 階段で戦うとなれば、階上から来るネハネに対し、今いる場所は不利となる。よって、ビルフォードとイオナは階段での戦いを避ける為、今来た地下3階の踊り場へと引き返す。

「やはり、貴方達だったのね」

丁度、階段を下りて来たネハネと、階段を駆け上がったビルフォードとイオナは同一平面上に並んだ。

 それは良いのだが、不意を狙った筈なのに、彼女は落ち着き払っている。

 これを何と見るべきか、ビルフォードとイオナにはすぐにピンと来た。


「(――アユミは、“クロ”だ!)」


 エリオの所に向かった3人が危ない!



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