AntitheseⅡ

Eみほ

序記

 「ねえ、ママ、このお話って本当にあったんでしょう? おじい様から聞いたわ」

眠る前に本を読んでもらっていた少女が、傍らの母親に尋ねる。

「そうね。大昔にはそんな事もあったのかも知れないわね」

もう眠らなければならない時刻だ。母親は本を閉じると、娘に毛布をかけてやる。寝冷えして風邪をひくことの無いように。

「勇者様は優しいお人だって聞いたの。本当は、違う種族の私達とだって一緒に暮らしたかったんだって」

大きな目をキラキラさせて毛布に包まる娘がいとおしくて、母親も温かい気持ちになった。

「ママも、一緒に暮らしたかったわ」

「私もよ、ママ」

そう言った少女の目が一層強く輝きを放った。

「きっと今だって、勇者様は世界の何処かで生きていると思うの。ねえママ、今度パパと三人で行きましょうよ」


 ――窓の外には月が掛かっていた。

 丸くて大きな白い月が、少しだけ開いたカーテンの隙間から覗く様子は、この母と娘を窺っているかのようでもあった。


 「もう、そろそろ眠りましょうか」

カーテンをしっかりと閉めて、母親もベッドに入る。丁度、従者が明かりを消しにやって来て、出て行った。

「ママ、」

暗くなった途端、そこはかとなく不安になり、少女は母親の胸に顔を埋めてしまった。つい、昨夜見た恐ろしい夢を思い出してしまったのだ。

「お月様は落ちてこない?」

月が落ちてくる夢を見た、と震えている娘をしっかりと抱いてあげた母親は、優しい口調と眼差しで“大丈夫”と微笑むのだった。

「ちゃんと神様が支えてくださっているから大丈夫よ」

「ホントに?」

「ええ」

それなら大丈夫だろうと安心したところ、少女はやっと眠たくなってきた。

「おやすみなさい、ママ」

「おやすみ、私の可愛いラン――」

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