遅すぎた失恋
御園詩歌
第1話「勉強会」
文化祭も修学旅行も終わり、中間試験の時期がやって来た。
部活動も休みということで、俺は勉強していくために駅前の勉強スペースに寄って行くことにした。飲食や会話がOKのここは、この辺の学生がテスト勉強のためによく使っている。
すると、そこによく知る人物がいた。
「おっ。田村じゃないか。テスト勉強か?」
「部長……」
「おいおい、今の部長はお前だろ」
「あ、すんません。ついクセで」
菊池亮介。3年の先輩で、俺が所属する男子バドミントン部の元部長。夏に引退してからは受験勉強に励んでいる。今日もそのためにここへ来たのだろう。
まさか会うとは思わなかったけど。
「受験、やっぱ大変ですか?」
「まあな。うちは進学校だから模試も多いしな」
「そうっすか。まあ、頑張ってください」
正直なところ、あまり会いたい相手ではなかった。
引退もとい部長を引き継ぐ際、俺は今までの色々なみっともない感情を、この人相手にぶちまけてしまったのだ。
それが恥ずかしくて、学校でもどこか避けてしまっている。
まあ、それ以外にも理由はあるけど。
「そうだ。せっかくだから、田村も一緒に勉強していかないか?」
「いや、受験生の邪魔しちゃ悪いですし……」
「俺はいいよ。人に教えるのも勉強になるしな。それに、久々に会ったんだ。話そうぜ」
「……それなら、まあ」
俺は会いたくなかったのに、そういうことを簡単に言えてしまえるところが、なんだか苦手だ。
一緒に……と言っても、お互い成績は悪くない。
テストの点が悪いと、部活に支障が出るから、普段からそれなりに頑張っているのだ。
よって質問することもなく、無言の時間が続く。集中するにはいいけど気まずい。
結局沈黙に耐えられなくて、俺から話しかけてしまった。
「部……菊池先輩はどこの大学受けるんですか?」
「今のとこH大にするつもり」
H大は県内の名のある国立大学だ。地元ではやはり目指す奴が多い。
「国立一本ですか」
「まあ少しでもお袋の負担減らしてやりたいしなあ」
「親孝行ですね」
「そうでもないだろ。田村は? 2年もそろそろ進路考える時期だろ?」
「とりあえず農学部にはしようかと。実家継ぎたいんで」
「そっか。えらいな」
俺が実家を継ぐのは、就活しなくて済みそうだからというだけで、そんな俺からすれば心から家を支えたいと考えている部長の方が、よっぽど偉いのに。
部長はいつもそうだ。
自分のことは大したことないと言うくせに、他人のことは平気で褒める。
そういうところが、眩しくて、なんか嫌だ。
「どうした? 田村。分かんないところでもあったのか?」
なのに、目を逸らすことができない。
「先輩。変な話するんですけど」
「うん。何だ?」
今からするのは、ほんの酔狂な話だ。
「先輩の家って、旅館ですよね?」
「そうだよ」
「で、俺ん家は農家。だから、えーと……」
まるで吸い寄せられるみたいに、部長の前では何もかも言ってしまいたくなる。
「将来、俺ん家で作った野菜とかをさ、先輩ん家に卸すとか、あんのかなーなんて、ちょっと思ったんですよ」
部長はぽかーんとしている。
気持ちは分かるが、何か言えよ。
そう心で念じていると、部長は子どもの冗談でも聞いたみたいに、笑い出した。
「それはいい話だけど、田村ん家、柿農家だろ」
「しょ、将来的に野菜も作るんですよ!」
俺がそう言うと、部長は屈託のない笑顔で返した。
「じゃあ、その時はよろしく頼むよ」
ああ、やっぱり苦手だ。
たぶん俺が後輩で、この人が先輩でいる限り、俺はどうしたって勝てないと、そう思った。
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