捜索ですわ!

 森の奥にある洞窟。そこにシスターミケと子供たちはいた。

 自ら望んだことではない。目の前にいる、下卑た笑みを浮かべる二人の男に連れ去られたのだ。


「げへへ、聞いたぜえ? なんだか最近は随分と羽振りがいいそうじゃねえか」

「私はどうなっても構いません……どうか子供たちには手を出さないでください……」

「暴れなきゃ何もしやしねえさ。ガキどもはまだ夢の中だしな」


 昼食の後、散歩へと出かけた子供たちは森の開けた場所で微睡み、それにつられてミケもうたた寝をしてしまった。それがいけなかった。

 いつの間にか縄で縛られ、この洞窟で目が覚めた。その風貌から彼らが盗賊であることを悟ったミケは子供たちを庇い、嘆願する。


「どっかの物好き貴族から大金を寄付されたらしいが、本当はその体でお願いしたんじゃねえのか? ぐへへ」

「女神さまに使えてるとは思えないいい身体をしてるからなあ、ぐふふ」

「あれは心優しき方の善意の施しですっ、神に誓って決してそのようなことは……」

「お前らを探しに人が来るまでまだ時間もある、その間にちょいと味見するのも悪くねえな、きひひ」


 手足を縛られ、抵抗できないミケに男の手が伸びる。

 震えるミケに構わず、ワンピース状の修道服のスカートがゆっくりと捲り上げられ──


「ヒューッ、見えない所は随分といやらしい格好してるじゃねえか」

「いや待て、あ、兄者、これは……!」

「ああっ、神よ……お許しください……干されていたメルナスさんの私物を出来心で履いてしまった私をどうか……」


 その下から露わになったものに盗賊、もとい自称山賊コンビに電流走る。

 忘れもしない約一ヵ月前、初めての山賊行為に及ぼうとした二人の前に現れた怪しい痴女貴族おとり捜査官(後半勘違い)が身に着けていたものと同じ網タイツであった。


「ま、まさかこいつもおとり……!?」

「ええい落ち着け、おとりであったとしてもこちらには人質もいるんだ、たとえ騎士団連中でも孤児のガキはともかく女神に仕えるシスターに手出しは出来ない……はずだ!」

「お、おお、そうだな兄者! 人質さえいればこちらのものだな!」

「そうだそうだ! がっはははは!」




 ◇◆◇◆




 夜の森を松明を掲げた捜索隊が行く。先頭を進むのはメルナスだった。何故か自然とそうなっていた。


(夜の闇に紛れても無駄ですわ! 後ろの男たちの下卑た視線をビンビン感じますわー!)


 勘違いである。男たちは全員真剣にミケたちを探している。

 だが体を微妙にくねらせながらもメルナスもまた捜索は真剣に行っていた。


(でも一体何があったのでしょう。山から獣が下りてきたとしても、森に入るには村を通らなければなりませんし……)


 自分が最初に出会った山賊たちの仕業だとは露とも知らず、メルナスは的外れな推察を重ねる。既に山賊たちの存在は頭から抜け落ちていた。

 思考を切り替えればニヤニヤ顔も険しい顔つきへと変わり、その変化に気付いたのか村一番の好青年と評判のソーマが後続から抜けてメルナスの隣に並んだ。


「大丈夫ですよ、きっと皆さん無事です」

「ええ。わたくしもそう思いますわ」


 若い奥様方からも評判の青年だが、今のメルナスの好みとは程遠い。もっとでっぷりと脂ぎってる青年から中年がストライクゾーンであった。

 しかしそこは元公爵令嬢現シスター、自分の好みでなかろうとも目に見えた塩対応はしない。

 それが良かったのか悪かったのか、ソーマはさらに会話を続けた。


「心配ですか?」

「当たり前ですわ。シスターミケも子供たちもわたくしの家族のようなものですもの」

「そうですか。もうすっかり溶け込んでらっしゃるんですね。最初にお会いした時は教会でやっていけるのか、失礼ながら心配だったんです、元貴族の方にはこの村での生活は辛いんじゃないかと」


 遺憾ではあるが、メルナスは見た目だけは今でも麗しい公爵令嬢のまま、悪役令嬢時代にあった棘が抜けているので見た目だけは良いのだ。こんな時ではあるが、一般好青年がお近づきになりたいと思っても無理はない。こいつはやめとけ。

 イケメン特有のコミュ力と距離感で会話を続けるソーマにメルナスは、


(なんですのこいつ、ぐいぐいきますわね)


 まるでときめいてはいなかった。ミケや子供たちの事も勿論あるが、隣国一番のイケメンといっても過言ではないライオットの元婚約者、イケメン慣れしている。


わたくしの事をどこで?」

「ああ、すみません。シスターたちが漏らしたわけではなく、村で噂になっていたんです。その気品ある佇まいや口調から、きっとご貴族の生まれだと」


 そりゃ田舎村にですわ口調の金髪ツインドリルが現れたら噂にもなる。


「そうですの。別に隠したい過去というわけではありませんし、構いませんよ。吹聴するものでもないというだけですわ」


 その通り、隠すべきは過去ではなくその性癖だ。永遠に秘めたままこの地に骨を埋めるのが親孝行である。

 性癖に刺さらない相手であるからか、上手い具合に元貴族の気品が出ていたのか、ソーマはメルナスにより好印象を抱いたようだった。


「深くは聞きませんがこの村にいらしたのもきっと何か事情があっての事なんでしょう。今回に限らず、困ったことがあったら何でも言ってください。僕で良ければあなたの力になりたいんです」

「感謝いたしますわ。今回みたいなことはこれきりであってほしいですが」

「まったくです」


 と、ソーマが何かに気付き、足を止めた。


「この辺りの草に踏んだ跡が残っています。シスターや子供たちではこんなには草は倒れない」

「大柄な男か、重い物を抱えた何者かが通った跡、ということですわね。……たとえば人を抱えて、とか」


 山賊たちの事を思い出せないまま、メルナスは真実を推測していた。

 獣でなければ不慮の事故か人為的な原因しか考えられない。まさかミケが子供たちを連れて神父のように逃げ出すとは思えない以上、考えられるのは人攫いだ。


「この奥に続いているみたいです」

「行きますわよ。皆さん、ここからはより警戒を強めてくださいな」


 後続の男たちが頷いたのを確認し、メルナスたちは足跡が続く森の奥へと足を踏み入れた。どうでもいいがソーマ以外の男たち、やけにガタイが良いモブ顔が揃っている。


「洞窟、ですわね」

「足跡はこの中に続いてるようです」

「恐らく当たりですわね」

「俺もそう思います」


 あからさまに隠れ家、といった風情。いかにもといった雰囲気。

 背後の男たちが息を呑む音が聞こえた。


(これはおあつらえ向きのロケーション! 洞窟の奥に踏み入ったが最後、ただでは出れませんわ! 入る時は一人、出る時は二人またはそれ以上、なーんだ! ですわ!)


 メルナスは恐怖など感じず、今からミケたちを助け出し無事に戻る絵を想像しているようだ。そういうことにしておく。

 意気揚々と洞窟に進むメルナスを男たちは追った。

 洞窟内部を暫く進むと曲がり角に当たり、その角を曲がると奥には明かりが見え、人の気配も感じる。この先に誰かがいるのは間違いない。

 男たちの松明を握る手が力み、緊張に汗を流す。

 だが先を行くメルナスは冷や汗一つかいてはいない。そんな気高い姿を見せられ、怖気づく者は一人もいなかった。


(いけない、いけない。まずはシスターたちを見つけ出すのが先決ですわ。流石に彼女たちは巻き込めませんものね)


 当初の予定を思い出したメルナスはその後に待つ展開を期待し、さらに足を速める。

 そして洞窟の奥、光源によって壁に照らし出された複数の人影を見つけ、そのままの勢いでその影たちの前へと躍り出た。


「ミケさん! みんな! 無事ですの!」

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