悪役令嬢ですけど婚約破棄されて実家勘当されたら性癖:下剋上に目覚めましたわ
詩野
婚約破棄ですわ!
クローディア学院 中央広間
「メルナス・クルストゥリア。君がリオネ・ゼアノール嬢に行ってきた所業、貴族として許されるものではない。この場限りで君との婚約を破棄する」
多くの生徒たちの野次馬、その中心にある三人の男女。
二人の男女は睦まじく寄り添い、一人の女はそれを睨みつけた。
「な……納得出来ませんわ! 私は貴族として、この学院に相応しくない生徒を指導していただけのこと! それを責められ、あまつさえ婚約破棄だなんて……到底納得できるものではありませんわ!」
「指導? 俺から隠れ、影でこそこそと彼女を虐げていたことがか? ……他の生徒からの証言も、裏も取れている。これ以上、見苦しい真似はやめろ、メルナス」
「誰ですの!? 一体誰がそんな根も葉もない嘘を……!」
糾弾された一人の女、メルナス・クルストゥリア公爵令嬢は周囲の野次馬たちに血走り、今にも噛みつかんばかりの眼光を向けた。
しかし、今まであれば誰もが怯え、逸らしていたはずの視線は真っ向から──いいや、上から彼女を見下している。そこにあるのは嘲笑、哀れみ、そして愉悦。この場に集まった生徒たちには一人として、メルナスに味方する者はいなかった。
「なんですの、その目は……なんで、どうして、この
ふらつき、膝をついて、苛立ちのままに金切り声を上げようとしたメルナスの頭の奥が急激に痛む。
ずりずりと脳髄から何かが引き出されるような、そんな錯覚。
怒りのあまり、切れてはならない脳の血管でも切れたのかと思うほどの激痛の中、メルナスの脳裏に過ぎる見知らぬ光景。
それは知っているはずの過去であり、今を映していたが、視点が違う。それはまるで目の前の婚約者に寄り添う、リオネの、いやそれよりもさらに一歩引いたまた別の誰かの──?
永遠かと思われた痛みは、他者から見れば一瞬だったらしい。誰もメルナスを案じる者はなく、次の言葉を、罪を認めることを待っているだけ。
(そう、だ……
頭痛と共に脳に焼き付いた、焼き直しされた過去の記憶。その意味の咀嚼にさらに暫しの時間を要して、メルナスは全てを理解し、思い出す。
(そう、これは、物語の中盤で、山場の一つ。ライオット様の個別ルートが確定する、悪役令嬢メルナスの断罪イベント!)
かつて自分が追体験した
それが意味するのは、つまり。
(
口調から髪型からゲームで語られる事のなかった内心まで、物の見事に悪役令嬢メルナスそのままであった。
(や、やべーですの! これもう断罪イベント真っ只中で軌道修正とか無理ですの! 勘当国外追放待ったなしですの!)
突如として降って湧いたように蘇った前世の記憶と知識。こんな時でなければ使い道などいくらでもあるにも関わらず、よりにもよってこのタイミングでは何の役にも立たない。
起死回生の一手はないものかと意味もなく再び周囲をこっそりと見渡してみても、変わらず野次馬たちの蔑む視線が無数にあるだけ、と此処でメルナスに電撃走る。
(あれ、なんですの、この感じ)
流石はこの世界、この時代では反則とも言える前世の知識を思い出した、生まれてからずっと公爵令嬢として超高等教育を受けてきたメルナス・クルストゥリア。チートに覚醒したことでこの状態からでも一発逆転、起死回生、妙手を発想──
(なんだかその視線、めっちゃ興奮しますわ!!!!)
なんか違うものに
(ちょっともっとこう上から! 豚を見るような感じの視線をプリーズですわ! あの傲慢公爵令嬢がこんな無様を晒してるんですわよ! その気持ちを視線に乗せて! もっと目力出せるでしょう! ほらほらほら!)
この時点で目の前の婚約者と泥棒猫は既に意識の外だった。もうこれは婚約破棄待ったなしである。
「……どうやら申し開きもないようだな」
原作の流れでは怒りに燃えるメルナスが不安そうに婚約者ライオットに寄り添っていたリオネに手を上げようとし、それをライオットに止められ、正式に婚約破棄がなされる夜まで部屋に閉じ込められることになるのだが、メルナスの脳内はそれどころではなかった。
「公爵家にも既に使いを出している。今夜には正式に君にもご実家から沙汰が下るだろう。それまで大人しく待っていたまえ。クロード、彼女を部屋まで送ってさしあげろ」
「かしこまりました」
ライオットが控えていた自身の従者、クロードに指示することで若干変わりはしたが原作通りの流れに無事修正された。
(そう! そこのあなた! 確か男爵家の次男でしたわね! 名前覚えてないですけど! あなたの視線いいですわよ! そういうのもっと下さいもっと!)
だがそんなことなど知らないメルナスは未知の感覚を存分に味わっていた。
元々、公爵令嬢として抑圧された幼少期を送り、ライオットと婚約し、未来の王妃となることを約束された人生を送っていたメルナスお嬢様にとって前世の記憶は劇薬だったのだろう。だがだとしても酷過ぎる。
「メルナス様……」
「リオネ、君が心配することはもうない。行こう」
待て、行くな。
誰かこの限界性癖お嬢様を止めろ。
(あ、こらそこの子爵令嬢! あなた、居た堪れなくなって視線を逸らしましたわね! いいんですのよこの無様な姿をもっと見て!)
◇◆◇◆
その後、現実と妄想の視線の区別がつかなくなったメルナスはまったく記憶にないがクロードに連れられ、学生寮の自分の部屋のベッドに座っていた。
「メルナスお嬢様、一体何があったのですか……どうしてクロード様がお嬢様をお連れに……?」
「……はっ!?」
お抱えメイドであるニーナの不安そうな声にようやく正気を取り戻した悪役令嬢メルナス。
周囲を見渡し、此処が自分の部屋であることを確認して、原作通りに自らの断罪イベントが終わっていた事を悟った。
「や、や……」
「や……?」
「やっべーですわやっべーですわ! 結局何も変えられないままいつの間にかイベント終わってますわー!?」
「お嬢様!?」
これまで見た事のない取り乱し方をしてベッドにダイブ、枕を抱きしめてばたばたと足をばたつかせる姿にニーナは混乱し、とりあえず惜しみなく晒されている下着を隠そうとメルナスのスカートを横から押さえた。
「お、おおおおお落ち着いてくださいお嬢様、一体何があったのです!? 淑女がそんなはしたない真似をしていたら旦那様たちがお嘆きになりますから!」
「今の実家はそれどころじゃないお嘆き具合ですわよ! なんかもうお通夜七日連続してるレベルのお嘆きですわ!」
「仰ってる意味が分かりません! だからスカートで暴れるのおやめください!?」
どたどたばたばた、ぎゃーすかぎゃーすか。
それからメルナスが落ち着きを取り戻すまでたっぷり十分以上が掛かり、ニーナは疲労困憊であった。
「ふぅー……落ち着きましたわ」
「それは良かったです……」
ニーナが淹れた紅茶を飲み、一息。しかしソーサーを持つ手はガタガタガチャガチャと振動を繰り返していた。ニーナは見て見ぬふりをして、説明を求めた。
ガチャガチャと音を鳴らしながらもメルナスが口調は冷静に簡潔に起こった事実のありのままを説明し終えると、ニーナは顔を真っ青にしてメルナスの手を取った。
「そんな! どうしてお嬢様がそんなことに!」
「あっぢいですわ!?」
喉を通り切らずにカップに残っていた紅茶が膝を濡らしてメルナスは悶えた。
「お嬢様!? も、ももも申し訳ありません!」
「あ、でもこの熱さちょっとクセになりそうですわ」
「すぐにお着替えしてお冷やしします!」
「いいですわ! もうちょっと! もうちょっとこの感じ堪能させてくださいまし!」
さらに五分ほどのどたばた騒ぎを経て。
「ともかくそういうわけでライオット様に婚約破棄を突き付けられましたわ」
「そんな……どうしてお嬢様がそんな目に……」
染みが付いたままの制服のスカートが気になりながらもニーナは気を取り直して嘆き直した。
幼少期からメルナスの御付きのメイドをし、その成長を見守ってきたニーナにとって、ライオットが一方的に下した婚約の破棄は受け入れられるものではなかったのだ。
「リオネ様……確か男爵家の御令嬢でいらっしゃったはず。ですがお嬢様がライオット様が語ったようなつまらない嫌がらせなどするはずありません! 一体誰がそんな根も葉もない嘘を! どうしてライオット様はそんな嘘を真に受けてしまったのですか!?」
「あ、そのつまらない嫌がらせは全部本当ですわ」
……幼少期からメルナスの御付きのメイドをし、その成長を見守ってきたニーナにとって、そのお嬢様がそんなつまらない嫌がらせをしていたなど、受け入れられるものではなかった!
「でも
「あの、お嬢様付きとはいえ私の雇い主は旦那様なのですから腐ってもとか仰らないでください……」
沈痛な面持ちで嘆願するニーナを無視し、さてどうしたものかとメルナスは思案する。
紅茶の熱さが目を覚まさせてくれた。ついでに性癖もさらに一歩深いものが目覚めた。痛いのもイケる。
(えーとこの後の流れだとたしか、
少し記憶を辿ればすんなりとこれからの展開が思い出せた。
ジャージに眼鏡、すっぴん姿のまま暗い部屋で画面に向かう寂れたOLの姿も一緒に見えたが無視した。前世の記憶を取り戻したとはいえ、メルナスにとってそのOLの人生は何処か他人事のようにしか思えなかった。
「って勘当!? ンア゛ッッッづ!!!!」
驚き立ち上がったメルナスの顔面にお代わりした紅茶がびしゃりと跳ねた。
頑張れ限界性癖お嬢様! 原作では最終的には死亡エンドしか用意されていないぞ!
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