掌編小説集

michi-aki

言われた時、本当にぼくは”わかりました”と思っている

「これ、一通りデータ入力やっといて。今日中」

「わかりました!」


 それまで卓上で行っていた作業の手を止めて、上司に言われたパソコンの入力作業を忘れないうちに行う。割と時間がかかりそうだが、ぼくのやっていた作業は最悪明日に回しても大丈夫。近頃のぼくは、以前と比べて、優先順位をつけて仕事をこなせるようになってきている。


 ぷる「お電話ありがとうございます!」


 ワンコールで左手が伸びる。本日も誰よりも早く電話を取れた。

 電話を取るのは下っ端の役目だから、どんな作業中でも素早く手を伸ばせるように、机の左奥側に受話器を設置している。

 また、ぼくは大変忘れっぽくて、電話口で言われる”会社名”と”要件”と”要件を伝える相手の名前”を同時には覚えられない。だから必ずメモを取れるよう、右手を伸ばして届く位置に付箋を置いてある。


「畏まりました! 宜しくお願い致します! 失礼致します!」


 はきはきと話して電話を切る。ぼくは電話対応が上手い。

 要件を忘れないうちに伝えようと、途中だった入力データを一時保存して、社内連絡用のウィンドウを立ち上げて、付箋の内容をわかりやすく噛み砕いて入力し、送信ボタンを押した。


 ふと気づいたのだが、受話器の前に数枚紙が置かれている。請求していた資料がファックスで届いたみたいだ。迅速な対応ありがとう。気付かぬうちに席に置いてくれた誰か、恐らく事務員さん、ありがとう。資料に目を通して、案件毎に分けたクリアファイルのひとつに突っ込む。


 休憩しようと席を立って、缶コーヒーを自販機で買ってそのまま一服した。別の課の先輩が先にいたので会釈し、5分間だけ談笑する。


「最近、調子よさそうだな!」

「いえ、ぼくなんかまだまだですよ」


 また今日も褒められてしまった。

 席に戻り、緩み切った顔を引き締めて、卓上に広げたままの紙面を順にファイルに綴じていく。今日これをやって帰れれば、明日の自分が楽できる。


 就業時間を1時間程度過ぎた頃、無事に綴じ終えた。

 今日は完璧だ。

 すでに帰宅した上司の席に「チェックお願いします」の付箋と共に置いて帰宅した。


 次の日は、出社早々上司に怒られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る