125. 中心部

 俺たちの馬車は朝の7時くらいに出発して、休憩も挟んで11時ごろには中心部に到着していた。馬車の速度を考えると、およそ30km程度の道のりといったところだろう。

 そこそこ大きな都市だ。


「馬と馬車は騎士団の方で預かります。ここからはあちらの方に着いていってください」


 週末の2日間を使うスケジュールになっているが、これは行き来にかかる時間ゆえだ。

 片道4時間もあると、さすがに日帰りは難しい。


「いやー、来るだけで疲れたな」

「ずっと座ってたからですよ。歩けば筋肉もほぐれて楽になりますよ」


 俺は伸びをするイルク先輩を促して歩いた。

 小さな旗を持った男性がこちらに手を振っている。


「ツアーガイドを用意するとは、騎士団もなかなか太っ腹じゃないか」

「ツアーガイドって何ですか?」


 感心した様子のアルナシュ先生に、リーサが質問した。


「ツアーガイドは、観光地を案内する仕事だ。その土地の歴史とか見どころとか…あと食べ物とかも教えてくれる」

「観光地ならではの仕事ですね」

「そうだ。いろいろと熟知していないとできないし、加えて喋りで人を楽しませないといけない仕事だ。難しいぞ」


 目の前でどんどん上げられていくハードルに、ガイドは苦笑していた。



 遠くに、白く輝く神殿のようなものが見える。

 小高い丘のようなところに建てられているその姿は、どこかパルテノン神殿を彷彿とさせる。

 形自体はどちらかといえばタージ・マハルのような城といった出で立ちなのだが。


「あれが、クローヴァン神殿です。グロシーザ教で最も大きな神殿で、あれよりも大きな神殿を作ることは禁じられています。どうしてだかわかりますか?」


 問いかけられた俺たち――ガルゼ一行も含む――は、首を捻った。

 おもむろに、リーサが手を挙げる。


「グロシーザ教は一神教なので、クローヴァン神殿にだけ神様がいて、そこが一番大きくなければいけない…ということですか?」

「素晴らしい!大正解です!」


 ガイドは拍手してみせた。

 俺たちもリーサに拍手を送る。


「クローヴァン神殿はグロシーザ教の一番中心なんですね。そこに神様がいるのですが、この神様の名前はわかりますか?」

「ヴァーホシュタ…様」


 今度は俺がノータイムで答えた。

 場所が場所なので、念の為敬称にしておくべきだろう。

 たしか、こちらの言語である大陸共通語にも敬称の概念があったはずだ。


「正解です!」


 一通り拍手をされた。

 図書館の本を頑張って読んだ甲斐があった。


「それでは…おや、そろそろお昼ですか」


 ガイドの言葉に時計塔を見上げてみれば、まもなく正午を迎えようとしている。


「予定よりは少し早いですが、昼食にいたしましょう」

「この辺の店ですか?」

「いえ、このあたりはどこも観光地価格を設定しているので…少し離れたところに良い店がございます」

「…ガイドなのにそんなこと言っちゃっていいんですか?」

「ええ、私はこれでも騎士団の人間であってこの土地の人間ではありませんからね」


 忖度というものは、どうやら彼にはないようだ。

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