121. 初日の終わり

「無理に決まってんだろ」

「無理だな」

「無理だよ…」

「無理だねえ」


 ガルゼ一行は口を揃えて言った。

 夕食後、(驚くべきことに)備え付けられていた大浴場で、俺たちは移動の疲れを癒やしていた。明日からは訓練の疲れを癒やすことになるのだろう。

 そこで一緒に入っていたガルゼ一行に訊いてみた結果が、この答えである。


「あのな、ヒロキ。リーサを冒険者の基準として見るのはやめとけ。アイツはバケモンだ」

「ピーゼンの言う通りだ。アレを基準にされちゃたまったもんじゃない」


 解体担当のピーゼンと戦闘担当のアンセヴァスが口々に言う。

 およそ高1の少女に言及しているとは思えない。


「リーサ…彼女、そんな潜在能力を…」


 イルク先輩も全く知らなかったようで、ポカーンとした表情で俺たちの話に混ざっている。エルジュも同じくである。


「俺らもクソ領主から逃げる過程でそこそこキツい経験はしたがな、にしたって大の男が四人だからある程度やりようはあったんだ。だがリーサは少女一人だぞ、キツい境遇をほとんど一人で乗り越えてるんだ。バケモンじゃないわけがない。…ところで、なんで急にそんな質問をしたんだ?」

「今日リーサがさ…」


 先生の水泳教室に参加し損ねたリーサが2分ほど潜ったまま泳いだこと、その後もあっさりと泳ぎをマスターしてしまったことを伝えると、ガルゼ達は驚き半分納得半分といった表情で頷いた。


「確かにすごいが、アイツならやる」


 圧倒的な信頼だった。


「ヒロキ、お前がこれからもリーサと一緒に居続けたいんだったら…並大抵の努力じゃダメだと思うぞ」

「ボクはヒロキの知識があれば大丈夫だとは思うけどね」


 ビスティーにちょっとフォローされつつも結構厳しい条件を提示された俺は、曖昧に笑って「頑張ります…」としか言えなかった。



 男子部屋に三人、同世代の集まり。

 修学旅行を彷彿とさせる光景だった。


「そういや考えたことなかったけど、オレたちの訓練ってどんな感じなんだろうな」

「昇進の建前だからそこまで厳しいわけではない、と僕は聞いている。とはいえ、最低限戦えるようになるくらいまでは鍛えられるとも聞く」

「うへぇー、大変そうだなー…その辺実際に冒険者やってるヒロキはどうよ」

「どうって言われても、俺魔法メインだしなぁ。あ、でも体力は必要になる。まず移動するからな。森の中なんてまず歩きやすく整備はされてないし」

「やっぱそうか…ヒロキ君、剣は使えるようになるべきか?」

「使えると便利ですが、使えなくても問題はないと思います。ただ、使えるようになっておくと…いつかのように狼に遭遇したりしたときに役立つと思います」


 あのときの光景をふと思い出す。

 生身で狼に覆いかぶさって押さえつけるとは、我ながら無茶をしたものだ。


「冒険者として仕事をするなら、ああいう絶体絶命の場面が必ずあるでしょうから、死にたくなければ鍛えておいたほうがいいでしょう」


 エルジュとイルク先輩は真面目そうな表情をして聞いていた。

 本来俺は御高説を垂れることができるほど偉いわけではないのだが、このときばかりは俺が一番の経験者だった。

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