114. 休憩

「…て…起きて…」

「ん…?」


 意識の浮上とともに、馬車の走る音と振動が体に浸透する。


「もうすぐ休憩地点に着くよ」

「あぁ、そうか…ん?」


 目を開いてみて、俺は思い切りもたれかかっていることに気づいた。

 ――リーサの肩に。


「うぉっ!?ご、ごめん!!」

「大丈夫だよ。疲れてたんでしょ、仕方ないよ」


 優しく微笑むリーサとは対称的に、他の面々は表情をニヤつかせながらこちらを見ていた。


「見事にくっついて爆睡していたぞ、ヒロキ。なかなかやるな」

「先生は前向いて手綱握っててください!」


 そんな感じでからかわれながら、一日目の行程は終了した。



 てきぱきとテントや焚き火が用意されていく様子を見て、先生が呟く。


「いい雰囲気だな。キャンプに来たみたいだ」

「ちょうどこないだ来たときもこんな感じでしたよ」

「そりゃ楽しかったろうな。私も行けばよかったか」

「なんか…先生は、あんまり真面目にしてろとか言わないですね」

「んー?そうだな」


 ふと遠くを見つめる目になって、先生は言った。


「学生の持つ休みというのは大切なものだ。いくら国のためで高収入が約束されているとはいえ、夏休みを丸々潰すのは良くないと思っていたんだ。この仕事に就いて、つくづく実感するよ」

「そんなものですか」

「赤魔族のお前たちも、大人になったらそう休みは取れないだろうな」

「嫌ですね。将来のことを考えると憂鬱になります」

「将来のことなんてそのとき考えりゃいいんだよ。人生何が起こるかわからないんだから」


 偶然にも、その言葉は俺の状況にピッタリはまった。

 普通のサラリーマンをやっていたらいきなり異世界に飛ばされるなど、誰が予想できようか。


「わかったら準備を手伝う。いいな?」

「はい」


 俺は先生に促されて、キャンプを設営している人たちに混ざりに行った。



 夜は想像以上に楽だった。

 見張りを騎士団の人たちに任せることができたのだ。

 というか、手伝おうとしたら普通に驚かれた。


「いや、皆は寝てなさい。いくら最近は安全になってきたからといって、ギルド依頼基準で二級ほどの魔物すら出てくることがあるんだ」

「あぁ、そういえばこないだのキャンプのときも一匹倒しましたね」

「倒したぁ!?」


 …といった感じで。

 久々に異世界でチートをやっている感じがして楽しかったが、よく考えたら魔科研のメンツはみんなデフォルトでチートみたいなものだと思う。

 まあそんなわけで、俺は今魔科研男子勢用のテントで寝袋みたいなのに包まって寝ている。


「見張らなくていいのは楽だな」

「全くだ。寝落ちして怒られることもない」


 前科のあるエルジュが同意してくる。


「しかし、冒険者をやるとなるとそれなりに夜遅くまで起きていることも求められるのだろう?やはり大変な仕事だな」

「それはその通りでしょうね。徐々に慣れていくしかないですから」


 イルク先輩の問いに、俺はそう答えた。


「まあでも、夜ふかししなくていいならしないに越したことはありません。早く寝ましょう、明日も早いですから」

「そうだな。おやすみ」

「おやすみなさい」


 小さい声で挨拶を交わし、俺たちは同時に眠りについた。

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