98. 名前
「こんちゃーす!」
底抜けに明るいアリスの挨拶に続いて、彼女の両親が面談室に入ってきた。
「皆集まってるね。よかったよかった」
その後ろからエーシェンさんが入ってきて、ドアを閉めた。
「時間もないし、始めましょう。まずはプラシュテーク家によるサンズヴァッシュの引き受けについてですね」
「私から話そう。…もう聞いているとは思うが、我々プラシュテーク家は君を引き取りたいと思っている」
「はい。聞いています」
アリスの父親の言葉に、亜紀は頷く。
「我々は新しいものを好む。新しい習慣、新しいもの、新しい概念…これらを積極的に取り入れ、良いものは他の貴族へと流す。それはやがて世間に広まっていく。プラシュテーク家は、このアルスレーの地においてそういった役割を担っていると自負している」
シルヴィがうんうんと頷いた。
「我々にとって、ここクラヴィナとは異なる世界の常識を持つ君は魅力的だ。我々が知らないうちに囚われているしがらみや古い因習を見つけ出してくれるのではないか、と思っている」
「…責任重いですね」
苦笑いしながら、亜紀が答える。
それに反して、彼は柔和な表情を崩さなかった。
「君が何かをしなければいけないというわけではないから安心してほしい。常識が違う人間がいるということに意味があるのだ」
「少なくとも、私たちの家は他の貴族の家庭よりは自由に振る舞うことができますよ。アリスのように」
母親がアリスを指し示す。
アリスはにっこり笑って亜紀に手を振った。
「無論、引き取るからには教育を施そうと思っている。この世界で不自由しないよう、読み書きから教えるつもりだ。学校にも通わせようと思うが、大丈夫だろうか?」
「はい。前の世界でも、学校には通っていましたから」
「それは何よりだ。それと、君の名前についてだが…アリスに一つ案があるそうだ」
「うん。サンズヴァッシュから取って『サン』。サン・プラシュテークっていうのはどうかな?」
「もちろん、異世界での名前が良いというのならそちらを尊重しようと思うが、どうだろうか」
それはつまり、彼女が
名前というのはアイデンティティを構成する要素の一つでもあるから、難しそうな気もするが…
「サン・プラシュテーク、いい名前だと思います。ぜひ名乗らせてください」
そんな俺の考えとは裏腹に、亜紀はあっさりとその提案を承諾した。
「ほ、本当にいいの?あたしが言うのもなんだけど、前の名前のほうがいいとかないの?」
「未練がないと言えば嘘になりますが…僕は元々ずっと名無しでしたから。それに、この世界で生きていくなら、異世界風の名前よりもこちらの名前のほうが良いと思いましたから」
それは間違いない。
俺の場合は流れで本名を名乗っているが、本来ならそうすべきだ。
なにせ、同じ日本からの転生者には名前のせいで一瞬でバレてしまう。
最悪、もうほかの誰かにバレているという説もある。
「元々、僕の元の名前は捨てるつもりでした。せっかくアリスさんが考えてくれた名前があるなら、それを名乗らせていただきます」
「うむ」
父親は一言発して頷いた。
「それでは、改めて…サン。君は、今日からプラシュテーク家の一員だ。立場としては、アリスの妹となる」
「よろしくお願いします」
亜紀…いや、サンは頭を下げたあと、アリスのほうを向いて、12歳の少女らしい純朴な笑顔で言った。
「よろしく、お姉ちゃん」
「お、姉ちゃん…っ!!!!良い…っ!!!」
あまりの破壊力に、アリスはソファに崩れ落ちてしまった。
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