96. 価値観

「…って感じで、彼女はプラシュテーク家に引き取られることになりそうです」

「ほへー…面白いことになってんなぁ」


 イルク先輩は手を動かしながら俺の話に反応した。


「それで、今日は特に用事はないのか?」

「今日はたしか、敵の隠れ家に騎士団が殴り込みをかけてるはずです。俺たちが出る幕じゃないんで」

「そうは言いますが、わたくしに勝利したヒロキなら戦力になるのではありませんの?」

「いやいや、あれは観戦したときにエルジュがシルヴィの戦いを分析してくれたから勝てたのであってな」

「そうなんですの!?」


 シルヴィがバッとエルジュに振り向いた。

 エルジュは若干得意気だ。


「まあ、どんな魔法使ってるかとかは見えてたしだいたい戦法に予想はつくよ。伊達に商売相手研究してないし」

「ぐぬ…次はありませんのよ」

「なんでオレに言うんだよ」


 いつも通り、二人は言い合いを始めた。

 それを皆が微笑ましい目で見守るのもいつもの光景だ。


「それに、騎士団の仕事なんて俺には荷が重すぎますよ」

「でも、たしか赤魔法使いの魔族って騎士団に勧誘されるんだよね?それっていつぐらいなのかな」

「昔、一度だけ僕も赤魔法使いの魔族が騎士団に誘われているのを見たことがある。あれはたしか、夏休み前だったかな」

「そう。夏休みに騎士団で訓練を受けさせて、そのあと王国が登用する」

「マジっすか、夏休み丸つぶれじゃないですか。断った人いないんですか?」

「それは知らないけど…でも赤魔法使いの魔族だぞ?いくら貰えるか考えたら、たかだか1年の夏休みなんて安いもんじゃないか?」

「えー…そうですかね…」


 いくらお金を稼ぐことができるからって夏休みを完全に潰してしまうのは嫌だと思うのだが。


「まあ、断ったなら大きな話題になるだろうし、そしてそういう話を今まで聞いたことがないってことは誰も断っていないんじゃないか?」

「そうなんですかね…俺は断りたいんですけど」

「こういう話をするってことはそうなんだろうなとは思ってたけど、どうしてなんだ?」

「どうしても何も、夏休みですよ?休みなんですから、休みたいじゃないですか」

「将来の高給を無しにしてもか?」

「今の俺ならお金は稼ごうと思えば稼げますけど、休みは稼げないんですよ」

「まあ、そういう考え方もあるんだな」


 イルク先輩は俺の意見を理解するのではなく尊重することにしたようだ。


「…俺の考え方、そんな一般的じゃないの?」

「間違いなく主流ではないな」


 当たり前のようにエルジュが言う。


「貴族だと、そのようなことを言う方も多いですわね」

「うん。貴族っぽい」


 シルヴィとマーリィ先輩も続いた。


「マジか…」

「わたしは、自分のやりたいようにやればいいと思うよ」


 心優しいリーサだけはそんなことを言ってくれたが、それでも同意ではない。

 俺は改めて己の価値観とこの世界の常識の差を実感することとなった。

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