74. 女子会

「…まったくもう!」


 池に到着して、最初に口を開いたのはシルヴィだった。

 リーサとマーリィがびくりとして振り向く。

 シルヴィは未だ真っ赤なままであった。


「ま…まぁ、男の子だから…ね?」


 リーサはそうフォローして場を繋ぎつつも、別にシルヴィがエルジュに対して怒っていないことは理解していた。

 実際、シルヴィはただ恥ずかしいだけで、怒りという感情は持っていなかった。

 そうなると、この話題をこれ以上広げるのは難しい。

 シルヴィは恥ずかしさを紛らわせるため、リーサは沈黙の気まずさに耐えきれず次の話題を探した。

 だが、慌てる二人は話題を提示することができず、最初に口を開いたのは服を脱ぎつつあるマーリィであった。


「そういえば…」


 渡りに船とばかりに、二人はマーリィに注目を向けた。


「二人って普段…お風呂どうしてる?」

「お風呂?」

「わたくしは、家に井戸水を引いて魔法で温めておりますの」

「うちは…いつも水浴びかなぁ。冬はキツくて…」

「それは…辛そうですわね…」

「でも普通の庶民は皆こうだと思う」

「うん…普通の家でいちいちお湯なんて沸かしてられないから。私の寮もお湯が出るお風呂はついてない」

「そうなのですね…こういった事を解決できる魔道具が作れれば…」


 言いながら、シルヴィも上を脱いだ。

 揺れた。

 リーサとマーリィには到底縁のないモノが、揺れた。


「…?」


 何も知らないシルヴィは、自分を凝視する二人を怪訝な表情で見つめ返した。



「ふぃー…」


 マーリィが全身を水に浸してリラックスした声を漏らした。

 普段の無表情を崩したその姿を、リーサとシルヴィは物珍しそうに見つめる。


「たまにはこういう水浴びもいいねぇ…温かいのもいいけど、冷たいのもまたいい…」

「そうですわね…水浴びは温かいお湯がないときの代替と思っていましたの」

「代替…代替かぁ…」


 生活レベルの違いをまざまざと見せつけられ、リーサが肩を落とす。


「リーサ、お風呂はちゃんとしたほうがいいと思う。毎日お風呂に入れるかどうかで人生が変わる」

「そこまで…?」

「間違いない。この間イルク先輩がやったように、容器に魔法陣を彫って温めるだけでもいいと思う」

「確かに、それくらいだと手間がかからなさそうですけど…というか、マーリィ先輩ってお風呂好きなんですか?」

「結構好き。引っ越すときに、近くに評判の良い公衆浴場があることを必ず確認している」

「それは結構ガチなやつじゃないですか…?」


 言いながら、リーサが水を掬う。

 エルディラットの下水道システムが捨てている汚水はさすがにここまでは来てはいないらしく、とても澄んでいる。


(…最後にお風呂に入ったのって、いつだっけ)


 リーサは視線を空にやった。

 今日も雲ひとつない快晴だった。


「…やっぱ、温かいお風呂入りたいなぁ」


 漏れ出た心の声は、木々のさざめきにかき消されて消えていった。

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