46. 祝杯
「それでは…ヒロキの勝利とエルディラットの平和を祝して、乾杯!!」
「「「かんぱーい!!!!」」」
リーサの合図で、店中が湧いた。
俺はその騒ぎを聞きながら、ジョッキを傾けて水を流し込んだ。
「はい、どんどん食いな!英雄さん」
どんどん目の前に積まれていく奢りの飯を、リーサとガルゼ一行に横流ししつつ自分も食べていく。
「すげぇ盛り上がりだな」
「主役がなに言ってんのよ、ほらおかわり!」
おばちゃんがいつも以上にハイテンションになっている。
こういうどんちゃん騒ぎは別に嫌いではないのだが、自分が主役となるとあんまり得意ではない。
エルディラットの住民たちはとんでもない量の鬱憤を溜め込んでいたようで、俺に感謝するときにほぼ必ずジュルペへの文句をぶちまけていった。
気持ちはわかるとはいえ、感謝だけならまだしも愚痴まで延々と聞かされたこちら側は精神的に参ってしまう。
店に入ってからもしばらくはそんな感じだったが、とりあえず飯を大量に奢ってもらえることになったので文句は言わなかった。
「いやー、しかしヒロキはこれから結構しんどくなるかもな」
「まぁ、しばらくこうやって祭り上げられると考えると…ちょっと頭を抱えたくなるね」
「それも大変だろうが…ほら、あれだよ」
若干酒が回って頭が回らなくなったガルゼが、なんとか語彙を探し出す。
「こっち来てから1ヶ月経ったろ?俺らはギリギリ1ヶ月持ちこたえたから冒険者業に専念して金を稼げるが、ヒロキは高校に入ったもんな。金を稼ぐには週末に労働やるしかないだろ」
「あー…そうなんだよねぇ」
俺はジョッキの底に溜まっていた水を飲み干して、静かにテーブルに置いた。
どこからともなく店員が現れて水を注いでいった。
「いろいろ計算はしてみたんだけど…普通に生活するならやっぱ生活保護だけだとキツいね。リーサみたく昼飯を抜く生活にも慣れてないし」
「ん?
「なんでもない。飲み込んでから話せ」
リーサはホットドッグだけでも4つ目を食べようとしていた。
別に俺が払うわけではないのでいくらでも食えばいいとは思うが、それにしても勢いがすごい。
多分こっちが本来のリーサに近いんだろう。となると、普段1日2食で抑えているのは相当無理しているんじゃないだろうか。
…週末に3000ずつ稼ぐだけの状況はそろそろ脱却したい。
「そういえばガルゼ、赤魔法使いの魔族って稼げるのか?」
「そりゃもう。将来は何十億を稼いで毎年豪遊し放題で…」
「そうじゃなくて、今の話。正直、こんな生活続けてたらリーサなんか出世する前に死ぬだろ」
「今か…ビスティー、どう思う?」
「ボクか?」
ガルゼが話を振った相手は、ビスティー…ビスティルタ・サジマカル。俺を襲ってきたガルゼ一行の一人で、催眠術師だ。
「ビスティーならそういう事情も知ってるんじゃないかと思ってな」
「ボクは別に知識屋じゃないんだがな…でもまぁ、個人的な見解を述べるなら、普通って感じかな」
「特別稼げるわけではないのか」
「それこそジュルペみたく戦闘魔法慣れしてて、なおかつ戦闘経験がありゃ別だが…多くの赤魔法使いの魔族…まあボクは
一息に言い切って、ビスティーはスープを啜った。
「ま、頭脳労働って線もあるだろうが、ボクなんかはまさに催眠術を学んで失敗した側の人間だったからね。ガルゼと会わなきゃ今頃アルスレーウサギに齧られてたかもね」
「拾うっつーか、お願いして来てもらったんだがな。戦闘中に相手の動物をある程度操れる人材なんて貴重だからな。結果として、犯罪をさせかけることになってしまったが」
ガルゼは筋肉一辺倒みたいな見た目をしていながらも、なかなか人を見る目があるらしい。
「ま、依頼の制限も解除されたし、あとは稼ぐだけだ。一度は道を踏み外しかけたが、引き止めてくれて感謝してるぜ、ヒロキ」
「買いかぶりすぎだよ」
そうは言いつつも、自分の口角が上がっているのを感じる。
やっぱり、リーサとかガルゼとかみたいな身近な人から感謝されるのは嬉しい。何より、2人ともしつこく感極まったりしない
「しかし…戦闘魔法か」
ビスティーの言葉を反芻する。
戦闘系の魔法は、大魔法理論を受け取ってくれた創作コミュニティにも人気があったようで、いろいろな人が自分の思いついた戦闘魔法を作っていた。
俺はそれらの魔法陣を見ては修正すべき点を指摘して回った。そうしたら、いつの間にかそれらを覚えていたのだ。
つまり、俺には戦闘魔法のレパートリーがある。
リーサと3級相当をこなしてもなんとかなったのだ。2人いれば2級とかもいずれ受けられるのではないだろうか。
新入生対抗戦が終わったら、リーサを誘って戦闘魔法の練習をするのもいいかもしれない。
「いい加減、貧乏からは脱出してしまいたいな」
俺は周りのうるささに紛れて、つぶやきを一つ漏らした。
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