36. 入学 #2
「ヒロキ・アモンです。よろしくお願いします」
拍手が起こる。
「彼は1ヶ月前、記憶喪失の状態で保護された。入試では数学を選んで92点を記録しているから頭脳に問題はないが、この世界についての知識はほぼ無いそうだ。皆、仲良くしてやってくれ」
「時々常識から外れたことをしてしまうかもしれないですが、そのときは教えてください」
今度は笑いが起こった。
掴みは上々だろう。
「んじゃ、ヒロキはあそこの席な」
「わかりました」
二人で一つの机の片方が空いている。
何冊か本が積まれているのは、教科書だろうか。
「隣、失礼するよ」
「おう。オレはエルジュ・オングスティート。記憶喪失ってのは大変だと思うが、なんか困ったことがあったら遠慮なく頼ってくれ。よろしくな」
「ヒロキ・アモンだ。よろしく」
手を差し出すと、エルジュも手を握ってきた。
こちらにも握手の文化はあったようで、少しほっとした。
1時限目は総合とかホームルームとかいうものの類だったようで、担任のアルナシュ先生が入ってきた。
「皆はもう知っていると思うが、転校生もいることだし、もう一度説明しておく」
そう前置きして、先生は続ける。
「1週間後の6月7日から5日間、新入生対抗戦がある。怪我の危険性は付き纏うし自己責任だが、1対1の戦いは経験しておくといいぞ」
…これはアレか?
異世界の学園にありがちな、なぜか生徒同士が戦うイベントか?
「知っての通りここは技術大学の附属高校だ。だが、皆の将来的な職業はなにも技術者だけとは限らない。冒険者として名を馳せる奴も、騎士団に入って国民を守る奴もいるだろう。故に、この高校が技術大学の下にあるという意識はあまりしなくていい。この高校では、少なくとも最初の2年は勉強も戦闘も総合的に学ぶことになる」
…まあ、ありがちなのには必ず理由がある。
この世界もご多分に漏れず中世から近世にかけてのヨーロッパのようなところなのだとしたら、治安が素晴らしく良いとは思えない。
護身術のような戦えるスキルの需要が地球のそれとは比べものにならないのだろう。
「ちなみに青魔法使いの人間でも、赤魔法使いの魔族に勝てないわけじゃない。結局の所同じ生物だから、殴れば痛がるし斬れば殺せる。実際、過去150年の歴史を遡ってみても赤魔法使いの魔族ばかりが勝っているわけじゃない」
…先生、なんか赤魔法使いの魔族に対して辛辣じゃないか?
俺も一応その一人なんだが…
「というわけで、4日までに腕っぷしに自信のあるやつは応募しておけ」
「なあ、新入生対抗戦って何なんだ?」
放課後、合流したリーサに質問を投げかける。
「あれ、説明受けてないの?」
「受けたけどよくわからんかったというか、ちゃんと理解できてないというか」
「んー…わたしも全部知ってるわけじゃないんだけど」
そんな前置きはありつつも、リーサは説明してくれるようだ。
「新入生対抗戦は、このエルディラット技術大学附属高校の伝統的なイベントで150年くらい前から毎年やってるみたい。たしか、今年は第153回とか言ってたかな」
「そりゃ結構な歴史だな」
150年前といえば、地球では1980年。まだコンピューターもまともに普及していない時代だ。現代からは想像できない。
「毎年新入生の中から戦いに自信がある2-300人が出場して、互いに魔道具とか…あとは普通に剣とか使って、大学の敷地内にある闘技場で戦うの。ただし殺傷はさすがに禁止で、剣は刃を潰しているのが条件だし、事前に魔法も厳しく確認されるから安全だよ」
「へぇ、でも骨折くらいはありそうだな」
「まぁね。でも、たしか前文明の発掘品で魔法治療機ってのがあって、それで治せるらしいよ。よく知らないけど」
「マジかよ、前文明何でもありだな。どんな魔法陣を使ってるのか見てみたいもんだ。…ちなみに、リーサは参加するのか?」
「しない。だってめんどくさいじゃん。それに、わたしは冒険者として動物相手に戦ってるから、殺すのが基本だもん」
「なるほど、そりゃ参加は難しいな…」
納得して頷いた。
次の会話の話題を探していると、ふとアルナシュ先生のことを思い出した。
「そういえば、アルナシュ先生やたらと赤魔法使いの魔族に辛辣だったけど、なんかあったのか?」
「それは…確実にあいつが原因」
リーサは断定した。
「この学校には赤魔法使いがわたしとヒロキを除いて6人、魔族がヒロキを除いて3人いるの。そのうちの1人だけ、赤魔法使いでなおかつ魔族なんだけど…そいつが横暴でね…」
「おい、リーサ」
剣呑な、刺さるような声が背後から俺たちに投げかけられた。
「お前、赤魔法を使えるようになった、ってことにしたらしいな?」
「関係ないでしょ。ほら行くよ、ヒロキ」
「お、おう」
リーサは俺の腕を引いて、スタスタと歩いていく。
関わらないほうがいいことは直感的に理解できたので、俺も腕を引かれるがままに歩を進める。
「おいおい、無視かよつれねーなぁ。ったく、いい子ちゃんして周りに媚びてると思ったら今度は男かよ?どーせその無い胸揉ませたんだろ?」
俺の足が止まる。
リーサは俺に振り向いてきた。
俺はリーサの手をそっと外し、踵を返した。
「お?やるのか?」
声の主が、その表情を嗜虐的なものに変えた。
周囲の空気が冷えていくような気がした。
俺は息を吸って、
「おーよちよちよちよち、ひとりで立って歩けていい子でちゅねー」
その場の空気を全てぶち壊すべく、精一杯生温い声を出した。
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