31. 魔法戦闘

「おっ、あれじゃない?」

「どれどれ…ホントだ」


 木の陰から、俺とリーサはアルスレージカの様子を伺う。

 3頭がまとまって草を食んでいる様子は牧歌的だが、妙に食うスピードが早い。

 なんなら食べながら歩いている。


「なるほどな…害獣指定されるわけだ」


 納得しながら、俺は杖を構える。


「待って、ここから撃っても気づいて避けられる。ここはわたしが行く」


 わざとらしく足音を立てながら、リーサが歩いていく。

 逃げるのではないかと思ったが、シカたちは視線をリーサへと寄越す。

 そして突進してきた。


「うぉっ!?」


 驚く俺とは対照的に、リーサは盾を左手で構える。

 シカと盾が衝突するその瞬間、盾に刻まれた魔法陣が赤く光った。

 盾を減速させたのだろう。シカは自分の勢いに跳ね返された。


「はぁっ!!」


 ほぼ同時に、右手に持った剣を振り下ろす。

 シカの首筋が切り裂かれ、血が勢いよく吹き出した。


「おっと」


 リーサは血に汚れないようサッと距離を取り、ついでに盾にぶつかって倒れたシカの首も切り裂いた。

 残された1頭のシカとリーサが向かい合う。その瞬間、シカが大きく跳躍する。


「うわぁっ!?」


 予想しなかった動きに、リーサの反応が遅れる。

 シカが向かってきたのは…俺だ。


「ヒロキ!」


 咄嗟に杖の魔法陣に魔素を流す。

 炎の球が生成され、シカに向かってまっすぐ飛んでいく。

 当たった、と思ったその瞬間、シカは俊敏に避けた。

 炎の球は地面にぶつかって爆発した。


「危ない!!」


 俺は思い切って木の陰から飛び出した。

 シカが木にぶつかると、木がめきゃりと音を立てて凹んだ。


「はぁ!?強すぎだろ!?」


 俺は叫びながら手を差し出す。

 そして手のひらに魔法陣を構成する。


「落ち着け…俺、落ち着け…」


 シカがこちらに照準を合わせ、地を蹴った。

 それと俺の指から赤い光が放たれるのはほぼ同時だった。

 体内の魔素流を派手に揺さぶられたシカは、地面に足をつくなり思い切り地面に倒れ込んで転がった。


「あー…ガチでビビった…」


 深呼吸をするが、心臓が跳ね続ける。

 マジの戦闘は経験したことがなかった。


「大丈夫?」

「精神的には大丈夫じゃない…」


 ふらりと座り込み、手を合わせる。


「それがガルゼの言ってたお祈り?」

「日本式のな」

「…それじゃ、わたしも」


 リーサは跪いて、俺のように両手を合わせた。


「こっちの宗教とかとはぶつからないのか」

「それは大丈夫。エルディラットには宗教はないから。禁止されてる」

「えっ…それって迫害とか、」


 言いかけて、失言だと気づいた。

 そうであってほしくはないが、リーサがもし宗教を迫害する側に居たら、俺は居場所を失うことになる。


「…別にそんな厳しいものじゃないよ。宗教施設が禁止されてるだけ。個人がお祈りする分には咎められない。それに、信教の自由が認められてる他の都市もあるし、移動も自由だから」

「よかった。あんまり自由が制限される国じゃなさそうで」

「ヒロキの世界はどうだったの?」


 アルスレージカの討伐証明部位である角を取りながらリーサが尋ねてきた。


「国によってまちまちかな。日本はだいぶ自由な国だよ。他のところでは宗教関連で厳しい制限があったり、インターネット…個人レベルで使える国際的な情報通信網に対して厳しい検閲をかけてる国もある。後者は反乱とかを起こされないためだね」

「個人レベルで…?すごい世界だね」

「そう言われてみりゃ確かにな。自分の手元で世界中の情報に1秒もかからずアクセスできるんだから」

「へぇー…全く想像できない…」


 感嘆の声を上げながら、リーサは手際よく角を取った。


「ほい、取れた」

「すげぇ手際いいな。真似できねぇ」

「こればっかりは経験の差だからね」

「どうしよう、俺シェロイ集めとウサギ狩りしか一人でできない」

「しばらくはわたしとかガルゼがいるから大丈夫でしょ。戦力としては十分そうだし」

「うーん、俺がまともに扱えたの今の所体内魔素流乱しだけなんだけど」

「離れた距離からでも一瞬で相手を昏倒させて、弱い動物なら殺しちゃう技を持ってる人は十分に戦力だから。安心しなさい」


 若干釈然としない気持ちを浮かべた俺の肩を、リーサがぽんと叩いた。

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