23. 食足りて世は平らか

「おっ」

「あ」


 互いに気づいて声をかける。

 マルティルート・ヴェラードの前で、俺たちはリーサと鉢合わせした。


「今帰ってきたとこ?」

「そうだよ、リーサも?」

「うん。お疲れ様」

「お互いにね」


 そんな他愛のない話をしながら、俺たちは中へ戻った。



 1000ガット金貨を3枚、ベッドの上で弄んでいた。

 5級依頼とて戦闘系のモノはある。そうなると、やはりMCDAT…この世界で言う「魔道具」を入手したほうが稼ぎは安定するだろう。

 とはいえ生活保護の範囲内で買えるものなど限られている。明日は適当に市場を回ってみるか、と心に決めたところで胃が豪快に音を立てた。


「…お腹、すいてんの」


 ちょうど部屋に入ってきたリーサが、微妙な顔をする。


「昼飯…食ってないんだよな」

「わたしと違ってちゃんと保護受けてるんだから、今からでも食べてきなさい。1日2食は慣れないと辛いから」

「そんな世知辛い話は聞きたくなかった…」


 俺は恥ずかしさを主としたいろいろな感情を背負って、とぼとぼと近所のレストランへ向かった。



「ただいま」


 ドアを開けると、リーサはベッドに座っていた。

 どこか虚ろな目をしている。


「リーサ?」

「…あ、ヒロキ。おかえり、ちゃんと食べた?」

「食べたけどさ…はい、これ」


 俺はリーサにホットドッグを手渡す。


「腹減ってない?食べなよ」

「いや、わたしは…」


 リーサの腹がかわいらしい音を立てた。

 俺とは大違いの慎ましやかな音だった。


「ほら、そんな無理することないって。プライドで恵みを断るのはやめたほうがいいよ」

「…わたしのセリフで返されちゃ、反論できないね」


 リーサは諦めたように笑って、ホットドッグを受け取った。

 そして驚くべきスピードで食い尽くした。

 …やっぱ腹減ってたんだな。


「ありがとう。でもお金大丈夫なの?」

「まあね。そもそも今はわりと遅い時間だから、そんなにたくさん食べなかったし」

「…そう」


 やっぱり満足はできていなかったらしい。

 アクティブに活動する若者が1日2食じゃ、足りなくなるのも道理というものだ。

 …もし、このままの状況が続くのであれば、リーサは親と決別して歩んでいく必要があるのかもしれない。

 もしそうなったら、俺も手助けしよう。


「悪いな、少なくて」

「いいの、そもそも期待してなかったし。食べられただけマシだから」

「…それは…反応に困るなぁ…」


 同情を求められているわけでもないだろうし。


「…ごめん。話変えようか」


 リーサはそう言って鞄から紙とペンとインクを取り出した。


「ほら、約束したとおり文字教えてあげる。座んなさい」

「ありがとう、助かる。…綺麗な紙だけど、お金とか大丈夫?」

「わたし、これでも優等生だから融通がきくのよ。これはもらったの」

「へぇ、すごいな」

「…別に」


 リーサは明後日の方向を向いて頬をぽりぽりと掻いた。

 めちゃくちゃわかりやすく照れるリーサが、なんだか可愛らしかった。

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