第98話 人見の瞳
城塞都市ガーランドでマーシェル伯爵が
僕は己の正体が他者に知られぬよう、日々その対策の為の魔術の想像と創造に明け暮れてた。
結局のところ、現段階で僕の正体を明かす方法は人見の瞳、魂の波動の二つな訳だ。
ならばこの二つを何とかすれば当面の問題はなくなると
先ず魂の波動。
これは【
【個体情報隠蔽】は
この二つを組み合わせる形で、漏れたり発せられる魂の波動そのものに違う色や濃さ、波を纏わせれば良いのだと考えた。
これは想像自体が容易かったので比較的あっさり創造することが出来た。ミミリラ達に確認して貰ったら問題ないと太鼓判を貰ったくらいだった。
これを【
まぁこれを使うのは基本的にカー=マインだけで、ジャスパーはこのままで問題ないだろう。後は極力魂の波動を押さえていれば大丈夫だ。魂の波動は覇気を収める時と同じように、意識していれば抑えることも可能なのだ。
次に人見の瞳。
これは城塞都市ザーケルからの帰り、娼婦達を人見の瞳で映した時の体験を参考にすることにした。
ようは、魂や内面が見えないように途中で濁らせれば良いのだ。そうすれば見えなくても自然な現象として判断されるし、魂や内面を確かめられることもない。
これはかなり苦戦したが、最終的には【
人見の瞳が可能なミミリラ達、ジャルナールやサガラ全員に試しても完璧な効果を発揮した。特に魂が繋がり極太の「
これを【
まぁ、三人の場合は「見えなくても魂がどんな状態なのか完全に分かる」とは言っていたし、他の四人も似た感じのことを言っていたので、【
そう言えばこの際、人見の瞳についてまた新しく気付いたことがあった。
以前お祖父様が口にしていた、「誰しもが使えるわけでも無い、また見えるものでも無い」という言葉。これ、誰しもが使える訳ではないとは、その対象の人の内面を見ようとしていないだけだと分かった。
風景を見る為には瞼を開いてなければ見えない。見ようとしたら瞼を開かなければならない。それと同様に、その人の内面を見ようと心の瞳を開かなければ見えない。だからこそ「誰しもが使えるわけでも無い」と言う訳だ。そして「見えるものではない」と言うのは単純に「絆」が足りないと言うことだ。
気付けば納得だし非常に単純なことなのだが、逆に言えば気づかなければ使い方の分からない技能なのだな、と改めて思った。
さてそんな訳で、この二つの魔術を創造することにより僕が王城に入っても問題のない状況は整った。
万が一宝物庫に秘されている国宝級の魔道具が出てきたら不味いだろうけれど、あれは簡単に出てくるものでもないし、そもそも出てくる理由が無い。一応出てきた時のことを思い対策を考えたが、出てきたら逃げるしかないという結論に至った。
魔道具の効果を試しながら想像と創造を繰り返せば何とかなるかも知れないけれど、現状ではあの魔道具がどれほどの効果を発揮するのか分からないので、対抗する魔術を創造出来なかった。
若干の不安要素はあれど大丈夫。そう言った心持ちの状態で、僕はその時を迎えることとなった。
※
「じゃあ行ってくるから良い子にしてろよ」
「微動だにしない」
「普通にしててくれた方が嬉しいな」
「分かった」
そう言ってミミリラから口付けてくる。
他の六人ともそれぞれ口付けを交わしてから、王城より迎えに来た馬車に乗り込む。
「では出発します」
「ああ」
御者の言葉の後に、馬が馬蹄を鳴らし始める。
王家紋の付いた豪奢な馬車の中。視界に入る内装は華美なもので、冒険者が乗るようなものではない。お祖父様のお屋敷に向かう時に乗った馬車も相当だったが、これはあれに匹敵する。
現在僕の服装は、ジャルナールが用意してくれた豪華な逸品足る儀礼服だ。
ジャスパーの姿だからかどうにもむず痒く、普段の服装がどれだけ気楽なものなのかを実感した。
馬車は僅かに荷台を揺らしながら王城に向かう。
何を言うことも無い。最近は本当、文字通りずっと誰かが側に居てくれていたので非常に落ち着かない。もう現時点でミミリラ達の温もりや柔らかさ、匂いを欲して止まない。
本当に染まったんだな、って思う。昔では考えられない。王太子としての姿に戻ればこの感覚すら塗り潰すんだろうけれど、今の自分も嫌いではない。
そんなことを考えながらも、馬車は王城へと進んで行く。
王城に到着し中に入ると、そのまま貴賓用の客間に連れられた。そこでメイドから出された紅茶と茶菓子を堪能しながらのんびりと待つ。不思議と緊張は無かった。早く戻り、七人と一緒に王都巡りをしたいな、なんて思うゆとりすらあった。
実際、まだ行けてないところは沢山あるしな。
そうしてどれほど経ったか、ついにお呼び出しがかかった
※
玉座の間に足を踏み入れると、そこには戦から帰って来た時のような光景が広がっていた。
あの時と違うのは、側室や幼い王子、王女達が居ないことだ。それ以外はあの時同様、王の脇やこの
そして何故か、普段ならこうした場には殆ど姿を見せない筈の宮廷魔導士七人と、“魔術士としての正装”に身を包んだ宮廷魔術士筆頭の七人が姿を見せていた。
十四人全員が興味津々と言った目で僕を熱く見つめてくる。
お願いだから大人しく研究しているか、魔術の訓練か後進の育成に励んでいて欲しい。この人達なら冗談抜きでこの場で「魔術の戦闘訓練しませんか?」と言って魔術をぶっぱなしてきそうで不安だ。
特に
そんな彼ら彼女らから意識を外し、一歩一歩早過ぎず遅過ぎずを保って歩き、玉座の正面にある七段の階段から距離を離したところで無言のままに跪く。
冒険者や傭兵のような直接国に属さない者がこう言った公式の場に呼び出された場合、挨拶は不要とされている。そういった礼儀作法を学んでいないのが普通だからだ。
もちろんしても良い。僕が城塞都市ポルポーラでお祖父様にしたようなものだ。ただあの時は非公式でありながらもやり過ぎたところがあるし、お祖父様も訝しげにしていた。だから余計なボロを出さないように、至って普通な冒険者としての礼儀作法で行くことにした。
そのままの姿勢で、しばしの間。
「面を上げよ」
「はっ」
父上の声を受け顔を上げると、最上段に並んで座る父上と母上の姿があった。
父上側の二段下には弟のクロイツが立っており、更に下の段には兄であるダインが立っている。そしてダイン兄上の対面階段下には何故かお祖父様がいらっしゃる。本当に何でだろう? ザルードは大丈夫なのだろうか。
それにしても、ダイン兄上の如何にも胡散臭いものを見るような目付きが際立っている。
この姿での対面は本当に違和感が凄いな、なんて思いながら不敬にならないよう父上と母上の足元に視線を向けていると、唐突に母上が立ち上がった。父上を含む全員がそちらを向く。僕も思わず母上の顔に視線を向けてしまう。
そして気付く。何故か弟が母上ではなく僕を凝視している。
何かあるのだろうか?
「カイン……」
――は?
いや嘘だろ。
思わず技能の発動状況を確かめるも、間違い無く僕の【
これは僕と魂が最も密接に繋がっているミミリラですら欺いたのだから。
なのに、弟の口元が「兄上」と動いたのを見て、完全に見破られていることを理解した。
何故だ。見る限り父上やお祖父様、ダイン兄上も、そして玉座の間に居る全ての人が僕をカー=マインと認識出来ていないのに、どうしてあの二人だけが分かる。いや、お祖父様だけは訝しげにしている、か?
精神耐性第6等級が無ければとっくに僕の表情は驚愕に彩られていたに違いない。内心の動揺を必死に押さえ込み、僕を見つめているであろう母上の足元に視線を向けていると、我慢出来ないとばかりに母上は段を下りて近づいて来た。
いやいやいや!
それでも姿勢と表情を崩さずにいると、母上はとうとう正面にまで近づいて来て、僕の両頬に両手を添え、自分の顔へと近づけた。
その瞳はまっすぐ僕の瞳へと向けられていて――見られている、とはっきり理解した。そして、僕もまた母上の内側を見ている。とてもとても、透き通るように鮮明なそれを見ることが出来ている。
何かが繋がった。いや、繋がっていたものを確かに感じることが出来た。
幼い頃の記憶が激流のように思い出される。物心付いてから屋敷に送られる寸前までの、母上との記憶が脳裏を駆け巡る。そこには物心が付く前、産まれて間もない頃の記憶までが混ざり込んでいる。
そこに映し出される記憶には、どんな時でも僕を慈しんでいる母上の姿があった。王妃でありながら一切乳母を使わず、己の乳を与え、夜泣きすれば自ら抱き上げる姿がある。
五歳で能力値が無能であると判明した時も。それから十歳までの間に無能の二つ名を背負い歩いていた日々も。二度目の能力検査で無能を知らしめた後でさえその優しさは変わらなかった。
そして、僕の知らない景色が見えてくる。
二度目の能力検査の後。僕が城塞都市ガーランドの国王別宅へ療養に送られる時のことだ。父上と母上、二人だけの部屋で、母上が僕と共に療養に行くと言葉にしている。
王族の「療養」とは、本来「死」を意味する。誰にも気づかれることのない場所で、静かに世界へ還元されていくことを「療養」と言う。それに、母上は付いて逝くと父上に懇願している。
父上と母上の話し合いは、最終的に僕を廃太子とせず、文字通りの「療養」にすることで終わっている。
知らない。僕はこんな記憶は知らない。
僕が廃太子とならず、文字通りの「療養」に行くことになったのは、涙する母上に絆された父上が気を使ったからと聞いている。
母上は、僕の知らないところで僕と死を共にするつもりだったのか。
ふと、視界の端に弟の顔が映り視線を送る。
すると、また知らない記憶が浮かび上がってくる。王宮の中で、弟とダイン兄上が何かを言い争っている。
弟がダイン兄上に向かって言う。王太子はカー=マイン兄上ただお一人、何があろうと貴方は王太子にはなれぬと。顔付きを変えたダイン兄上が弟を殴った。倒れた弟は、僕が見たことの無い嘲笑を浮かべ言う。力はあっても王太子になれぬ、何とも無様な姿でありますな、と。再び殴りかかろうとするダイン兄上は、何かに気づいてそこから立ち去った。
そこに、幼き頃の僕が姿を見せる。ここからは知っている。頬を赤くした弟に何かあったのかと僕が尋ね、それに対し弟は鍛錬で怪我をしただけと言う。そして二人で魔典医の元へ行くのだ。
知らない。僕は――私は、こんな記憶、知らない。
何故こんなものが見える。何故こんなものを見ることが出来る。何故、こんなものを今見せるのだ。
私は勘違いしていたのか?
どんな時も私を見捨てなかった母の愛を、どんな時も私を慕ってくれていた弟の情を、その「
訝しげにしているお祖父様もそうだろう。あの御方も、私がどういう存在になろうとも、ただ
しかし、何故今更になってこんなものが見えるのだ。
よりにもよってこのような場で、この瞬間に、何故私は知ってしまったのだ。
「あなた、カインでしょう?」
――母上の言葉に意識が覚める。
いけない、今は「私」に意識を持って行かれてはいけない。
魂はカー=マイン、だけど、今の「僕」はジャスパー。『
覇気を収める要領で、カー=マインを魂に押さえ込む。王太子を押さえ込むなんて不可能なことは自分がよく分かっている。けれど、今だけはいけない。何が何でも表に出す訳にはいかない。
僕は表情そのままに、平静を保って母上にお答えする。
「恐れながら王妃陛下。私はジャスパー。平民の
僅かに視線を逸らして答えるも、母上は逃がしてくれない。
「いいえ貴方はカインよ。私がカインを見間違えるなんて絶対にありえないわ」
そう言われても僕は何も返すことが出来ない。下手なことを口にすればすぐにボロとカー=マインが出てきそうで。
どう収めたものか必死に考えを巡らせてると、助け舟がやってきた。
「サラよ、そこにおるのは此度功績を称える為に呼んだ冒険者である。カー=マインでは無い」
「いいえ国王陛下。この者は紛れもなく我が子カー=マインで御座います。私が我が子を見間違えるなど有り得ません」
「恐れながら国王陛下。私も王妃陛下と同じ思いを抱いております」
「クロイツまでまたそのような……」
訝しげと言うよりも困った表情を浮かべた父上が、僕を見つめてくる。
暫く僕に視線を向けていた父上は玉座から立ち上がった。ゆっくりと段を下り、僕に歩を進め近づいて来る。僕の正面にまで来ると、僕の瞳を見る。見据えている。
お願いです父上。今だけは無能王太子である僕に気づかないで下さい。
「……
終わった。
御魂の鏡とは、嘗て英雄とまで呼ばれた大魔術士ソルシアの手によって作り出された魔道具で、その鏡面は魂が作り出した本来の姿を鮮明に映し出すと言う。
それは現在この国の国宝として、変化を可能とする魔道具と対になる形で宝物庫の奥に秘されている。
王城に来る前の対策段階で、もしこれが出てきたら逃げるしかないと結論付けた、今の僕にとって最悪の秘宝だ。
これはナーヅ王国との戦の後に、
しかし今回は違う。【変化】と言う魔術が、果たして国宝級の魔道具を誤魔化し切れるのかと言われると、僕には自信が無い。それこそ試して見なければ分からないのだ。そして、この場で試すなんて蛮勇を僕は持ち合わせていない。
咄嗟に言葉が出た。
「恐れながら国王陛下。申し上げたき儀、御座います」
「何だ」
「誰しも秘めたる姿と言うものが御座います。冒険者足る者は往々にして秘密を抱えるもの。確かに私は現在変化系統の魔術を行使しておりますが、それは決して国王陛下を偽る為のものでは無く、個人の事情によるものに御座います」
「ほう」
「アーレイ王国、並びに貴い御方々への
もう必死だ。どうして一介の冒険者が変化系統の魔術を知ってるのか、などという疑問を与えてしまうことにもなるが今はそれどころじゃない。取り敢えず通用するかどうか分からないもので強引に話を持っていくしかない。
「余にもその姿は見せられぬと?」
「姿を偽り『邪な行い』を成せばそれは罪でしょう。しかし、姿を変え世の為人の為国の為となる冒険者は最早その姿こそが真実。暴くことはその者の功を無きものとするも同然。どうか、ご慈悲を賜りたく存じます」
瞳を見られないように俯いたまま思ってもいないことを口走る。
なんとしてもこの場を乗り切らなければ今までの僕の全てが終わってしまう。それにここは玉座の間、多数の目があるのだ。その者達の目に真実が知れたら、王城とザルード公爵家は大混乱に陥るだろう。
「では聞こう。お主は我が子、この国の王太子カー=マインでは無く、王妃サラと第三王子であるクロイツが偽りを申しておると、そう言うことか?」
その聞き方はずるいです父上。カー=マインであることを認めたら終わり。認めなければ母上と弟への王族侮辱罪だ。いっそ今すぐここから逃げ出したい。
反射的に口が開く。
「西の」
「ああ待て。おいラートよ、
「は」
嘘を吐いているかどうかを判断するこれまた超希少な魔導具がここにやってこようとしている。ここからは作り話一つ許されない。試練だ。頑張れ僕。帰ったら思いっきりミミリラを愛でるんだ。最近本当に尻尾が伸びてきて触れる面積が増したんだよな。何て素晴らしいことだろう。
自分でもかなり混乱しているのがもう嫌と言う程に分かる。
暫くして持ってこられた玉を手に持ち、父上は再度問いかけてきた。
「先の続きを言葉にせよ」
「……西の大陸、その更に向こうに存在するとされる国に、一つの秘宝があると言います」
「ほう」
「その秘宝は
「ふむ」
ここまでは実は屋敷に居る頃に伝承を纏めた書物から得た知識からだ。本当か創作か神話かは知らないけれど、少なくとも嘘では無い。
「何が言いたい?」
「二つとも、個々の名前を知らねば同じ比翼の魂。仮のそのどちらかを比翼の魂と呼ぶことが誤りになりますでしょうか? 神の奇跡か戯れか、私の瞳をご覧なられた王妃陛下やクロイツ殿下が、私の中に王太子殿下と
言うことは言った。途中で本当に言いたいことがこんがらがってしまったけれど、論は破綻していない、筈。思考が回り過ぎた結果混乱するって良くない。今後気を付けよう。
父上から何も指摘が無いので、恐らく真贋の玉は反応していないのだろう。いけるか?
「では問おう。お主は我が子、王太子カー=マインでは無いか?」
「私はジャスパー。平民の冒険者です」
正直この答えは賭けだった。僕はジャスパーでありカー=マインでもある。しかし今ここに居るのは確かにジャスパーだ。なので嘘では無い。本当でも無いと言えば無いが――どうやら反応はしていないようだ。
嬉しいは嬉しいけど、この魔道具ってこんなに生ぬるい道具だったかな。
「ふむ……ラートよ、これを下げよ。そしてサラとクロイツ。この者はジャスパーと言う冒険者だ。お主達がそう呼んでしまう程に魂の波動や何かが似ていたのだろう。戻れ」
「……はい」
母上は心底鎮痛な面持ちで僕を振り返り、壇上へと戻っていく。弟クロイツも納得いっていない様子が有り有りと伺える。唯一兄ダインだけが無表情ながらに僕を見据えている。あれはきっと、気に入らない何かがあったのだろう。あの視線をカー=マインは受け続けていたから良く分かる。
それから短くも長く感じる論功行賞の場で、父上からお褒めの言葉と勲章を賜り、僕は玉座の間を辞することが出来た。
※
勲章の授与が終わり貴賓用の客間に戻った僕はメイドが淹れてくれた紅茶を一口飲むと、そのまま背もたれに身体を預け、大きく息を吐いた。
疲れた。まさかあんな形でジャスパーの正体が一瞬で看破されるだなんて思ってもみなかった。
もう暫く、いや王太子としての姿以外では王城には近寄りたくない。次は隠しきる自信が無い。
「……」
玉座の間での母上と弟の瞳を思い返す。
何故あんな記憶が流れ込んで来たのか。あの記憶は本当に過去にあったことなのか。『
もしかしたらあの時、僕が母上や弟の記憶を読み取ったのと同様に、僕の記憶もあの二人には見えていたのだろうか。
【
これを遠目に見て、一瞬でカー=マインであると看破したのか。あの二人は。
あの時の母上の沈痛な表情を思い出す。弟の「そんな訳がない」という表情を思い出す。胸の中に重たい何かが生まれる。暗闇の中。カー=マインが僕を見ている。
金の神の教会、その司祭であるシシスの言葉が脳裏をよぎる。「在るべき場所に戻った魂はその姿を輝かせるでしょう」。あの言葉はこう言うことだったのだろうか。『
カー=マインと言う魂が、王都と言う、王城と言う、家族と言う、在るべき場所に戻ったからこそ、姿を輝かせているのだろうか。ジャスパーと言う偽りの殻を纏っているからこそ、余計にそれを破壊しようと強く強く。
少し苦笑が漏れる。ジャスパーだってカー=マインの筈なのに、自分のことが自分で分からなくなるなんて、何だか滑稽だったから。
そう言えば、今と似た状況が城塞都市ザーケルからの帰りでもあったな、と思い出した。あの時はミミリラ達三人が居たから落ち着くことが出来たんだったな。
結局のところ、王太子なんて存在を押さえ込もうとすることに無理がある、ってことなんだろうな。
水鏡を消して天井を仰ぎ、大きく息を吐く。
「よし」
気分を入れ替えよう。そして帰ろう。
そろそろミミリラ達の匂いが恋しいのだ。そんな思いと考えで自分の中を満たす。
狩りをして、小さな冒険をして、ニール達と飯を食い酒を飲み、ジャルナールと色々な話をした後にミミリラ達サガラの女衆や娼婦達と淫猥に耽る。いつものジャスパーだ。
ただ、すぐに王城から出て行くのは不敬とされている――こんなところからはさっさと帰りたいと言う国王への意思表示に見られる――ので暫くぼんやり時間が過ぎるのを待つ。
一時間程が経っただろうか。
もうそろそろ良いかな、と残っていた紅茶をぐっと飲み干して立ち上がった時だ、ドアからノックの音が響いた。
もしかして紅茶のお代わりでも持って来てくれたのかと思い入室を許可すると、部屋に入って来たメイドは手に何も持っていなかった。
疑問に思う僕に慇懃な一礼をして、メイドは口を開いた。
「ジャスパー様。国王陛下がお呼びに御座います」
お願いなので帰らせて下さい。
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