番外編 終わりとこれから2

「うん! だって、私からだもん、結婚しよ! って言ったの」

「ぶぅぅぅぅ!」

「また! 父さん!」

「あっつい! ねぇ父さま、それ本当にお茶⁉ マグマじゃないの⁉」

「う、嘘だろ……? アリスから……? え? ほんとに……?」


 もう二人に謝る事も忘れてアーサーはまた立ち上がってアリスを凝視した。


「ほんとだよぅ。そんなに驚く事?」

「驚くよ……僕はてっきりアリスにはそういう感情が無いものだとばかり……」


 何せ生き物全て平等上等! のアリスである。誰か一人を愛する事など出来ないのではないかと思っていたアーサーだ。


「ひどい! ちゃんと分かるもん! こう見えて乙ゲーマスターって呼ばれてたんだからね!」

「そういう設定ね。アリス、それは父さんには意味分かんないから」

「そっか。とにかく! 恋愛の事は私に何でも聞いてよ! ってぐらい詳しいよ!」

「なーんかAMINASの知識が偏ってたっぽいんだけど……まぁそういう訳だよ、父さん。父さん?」


 ふとノアが顔を上げると、アーサーは涙を浮かべて小刻みに震えている。


「大丈夫? 新しいお茶淹れて来ようか?」


 ノアの言葉にアーサーは首を振って無言でこちらにやってきたかと思うと、徐にアリスとノアを抱きしめて来た。


「そうかー……あんなに小さかった二人が結婚かぁ……ずっと子供だと思ってたのになぁ……アリスなんて一瞬だったけど父さまと結婚する! とか言ってくれてたのになぁ……」


 その数時間後には、やっぱり兄さまと結婚する! と言ってノアの作ったお菓子を頬張っていた幼い頃のアリス。


 そう言って鼻をすするアーサーに抱きしめられたままアリスとノアは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。


「父さん、アリスと結婚出来るのはもちろん一番嬉しいんだけど、僕は父さんの事を本当に父さんって呼べるようになるのも凄く嬉しいんだよ」

「ノア……」


 アーサーはノアがやって来た日の事を思い出しながら強くノアとアリスを抱きしめた。


 あの頃はしゃがまないと顔が見られなかった二人。気丈に振舞って居ても暗闇に怯えるノアと、エリザベスの事をすっかり忘れてしまったアリス。


 あの二人にこんな日が来るなんて、夢見た未来がこんなにも早く叶うだなんて思ってもいなかった。それと同時に何だか少しだけ寂しいような気持ちになるのは何故なのだろう。


「おめでとう、二人とも……」

「うん、ありがとう」

「うん!」


 アリスとノアがいつまでも離れないアーサーを抱きしめ返していると、そこにキリがやってきた。


「アーサー様、ノア様、ミアさんとミアさんのご両親から承諾をもらってきました。で、結婚式はいつ挙げます?」


 そう言って婚姻届けを見せて来るキリにアーサーは驚いて顔を上げ、ノアもアリスもキリを凝視した。


 ミアに連絡を取った後キリが消えたと思っていたが、まさかミアの両親に挨拶に行っていたとは思わなかった二人だ。


「え⁉ キリまで⁉」

「早くない⁉」

「うぉぉぉ! カップリング厨の血が疼く~~~!」

「で、いつ式を挙げるんですか?」


 驚く三人といつも通りのキリに、ドアの外からじっと中の様子を伺っていた使用人達は無言でお互いに手を叩き合って喜んだ。

 


 ノアからとんでもないメッセージが送られてきたのは、キャロラインがミアに休暇を出してキリと共に送り出した直後だった。


 キリは突然やってきてまずはキャロラインに頭を下げて言ったのだ。


『キャロライン様、突然で申し訳ないのですが、今日ミアさんに休暇を出してはもらえませんか? そして俺に連れ出す許可をください』


 と。


 それを聞いて何となくピンときたキャロラインは特に理由も聞かずに、慌てるミアに支度をさせてすぐさま送り出したのだが、まさかその背景にこんな事があったなんて思いもしなかったキャロラインである。


 一仕事終えたとばかりに部屋に戻り今日の書類に目を通そうとして執務机に着席した所でスマホにメッセージが届いた。


「ノア? 珍しいわね……えぇ⁉」


 はしたなく叫び声を上げたキャロラインに驚いて部屋に飛び込んできたのはチームキャロラインの面々だ。


「どうかされましたか⁉ お嬢様!」


 キャロラインが結婚した事で王妃様と呼ばなければならないのだが、キャロラインは好きなように呼んでくれと言ってくれたので、皆は未だにキャロラインをお嬢様と呼ぶ。チームキャロラインにとってキャロラインは、永遠にお嬢様なのだ。


「け、結婚……結婚!」

「?」

「ノアとアリスが結婚したって……嘘でしょ⁉」


 キャロラインはもう一度メッセージを見て添付されている写真を見てゴクリと息を飲んだ。そこへ誰かがバタバタとノックも無しに部屋に飛び込んでくる。ルイスだ。


「キャ、キャ、キャロ!」

「ルイス……あなたにも届いた?」

「ああ! キャロにもか! こ、これ……どう思う?」

「分からない……でも、婚姻届けにはちゃんと受理の判子があるし……」


 二人が頭を突き合わせていると、そこに遅れてカインがやってきた。


「ちょ! これマジだと思う⁉ ネタだと思う⁉」


 スマホを掲げてそんな事を言うカインにルイスもキャロラインも同じ写真を見ながら苦笑いを浮かべた。


 仲間たちが次々と結婚していくのはとても嬉しいし本当に未来を掴んだのだな、と実感も沸くが、これほど胡散臭い喜びのメッセージもなかなか無い。


 三人は顔を見合わせてまたノアが何か企んでいるのではないか? などと疑心暗鬼になっている所に、シャルルから電話がかかってきた。


『ルイス! ノアから何か聞いてます⁉』

「シャルルか! いや、俺達も今ノアから来たメッセージについて考察していたんだ。これは本物か偽物か、冗談だったとしたらあまりにも質が悪いだろう?」

『キャロラインは何か聞いていないんですか?』

「私は何も……あ! でも、朝キリが来たのよ。ミアに休暇をくれって言って、連れ出す許可も欲しいっていうから、てっきりデートでもするのかしらと思ってたんだけど、あれってまさか……」


 そこまで言ってキャロラインは慌ててミアに電話をした。すると、ミアはすぐさま電話に出てくれたのだが、何故か鼻声だ。


「ミア! あなた、今どこに居るの⁉」

『お、お嬢様! 実家です……その、キリさんが私の両親に挨拶がしたい、と……』

「……そ、そんないきなり……」

『私もそう思ってたんですけど……何だかいきなりでも無かったみたいで、私だけ何も知らなくて! お嬢様ぁぁ!』

「いきなりでもない? どういう事なの?」

『それが……よく分からないんです……何だかキリさん、すっかりうちの人と既に馴染んでるっていうか、何なら弟も妹もキリさんにべったりで、私も何が何だか……』

「……そうなの。戻ったら詳しく聞かせてちょうだい。それで、挨拶っていうのはもちろん結婚のご挨拶なのよね?」

『はい。あ、既に婚姻届けにはサインさせられました』

『ミアさん、させられたというのは少し語弊があると思うのです』

『そうだぞ、ミア! お前だって泣いて喜んでサインしてたじゃないか!』

『そうよー。今から楽しみねぇ! 孫の顔がこんなにも早く見られるなんて! お兄ちゃんとお姉ちゃんにも報せなきゃ!』

『ちょっともう、皆黙ってて! 相手は王妃様なんだよ⁉』


 珍しいミアの怒鳴り声に後ろからキリも含めたミアの家族たちの笑い声が聞こえてくる。何だかとても楽しそうだ。ミアではないが、一体何がどうなっているというのか。


 キャロラインは電話を切ってそっとルイスを見上げて頷いた。それを受けてルイスも頷きシャルルに言う。


「シャルル、よく聞け。どうやらこれは本当のようだ。キリもミアの実家に挨拶に行ってるらしいぞ」

『……了解しました。すぐにいつでも挙式に参加できるよう準備しておきます』

「ああ、その方がいいだろうな。あいつの事だ。どうせさっさと挙式の日取りを決めて、来られないなら来なくていいよ! などと笑顔で言うに決まっている!」


 ルイスの言葉にキャロラインもカインもシャルルですら頷いた。ノアの性格はもうよーく知っている仲間たちだ。リアンには自分から日にちをズラしてでも来てくれとか言いそうだが、ルイス達にはすこぶる塩対応なのだ。いつだって。


 

 一方、ライラは重いお腹を支えながら今日も編集の仕事をしていた。リアンは別室でチャップマン商会の仕事をしている。


「ふぅ!」

「ライラ、またリアンに怒られるよ! 重い物は僕が持つからちょっと休んでテ!」


 ライラが刷り上がったばかりの雑誌を束ねていると、学園からついてきたリンがライラに椅子を勧めて来る。


「ありがとう、リン! 丁度いいしお茶にしましょうか。あのね、お義母さまからあなたが好きなお店のクッキーの詰め合わせを頂いたの! 一緒に食べましょ!」

「やっター! 僕、お茶の準備してくるヨ! ライラはちゃんと座っててネ!」

「分かったわ」


 そう言って部屋を出て行ったリンを見送りつつ何となくピンと来てスマホを手にした途端、ライラの元にノアからメッセージが届いた。


「珍しい。ノア様からだわ……まぁ! リー君! リー君大変!」


 ライラはよっこいしょ、と椅子から立ち上がってリアン達が居る会議室に急いだ。中から随分凛々しくなったリアンの声が聞こえてくる。次いでダニエルとアランの声も聞こえてくるので、なかなか新商品が思うように決まらないのかもしれない。


 けれど、今はそれどころではない!


「リー君! 大変! 大事件よ!」

「ライラ⁉ ちょ、どうしたの? まだ仕事中――」


 ドアをバーンと両手で開けたライラは、驚く仲間たちの間をすり抜けてリアンに今しがたノアから届いたメッセージを見せた。


 それを見た途端、リアンは手に持っていた資料をバサバサと落として固まっている。


 そんなリアンを不審に思ったのか、オリバーが怪訝な顔をして自分のスマホを確認して絶句した。それに気付いたダニエルもアランもスマホを見て驚きに目を見開く。


「う……嘘だろ?」

「……え……? 昨日会った時にはそんな素振り少しも……え?」


 昨日ノアとは新商品の事で会ったばかりのアランである。その時には特に何も言っていなかったのだが、ノアの性格的にアリスとの結婚など絶対に黙ってなどいられないはずだ。


 つまり、昨夜から朝にかけて何かがあったという事か!


 アランはガタンと席を立ってその場でノアに電話をしだした。


 何だか怖くて本人には聞けなかった仲間たちだったが、まさかのアランが先陣を切るとは誰も予想していなかった。


 アランは電話が繋がるなり物凄い剣幕で怒鳴りだす。


「ノア! 一体どういう事です⁉ アリスさんに何かしたんじゃないでしょうね⁉」

『アラン? 嫌だな、何想像したの? ていうか、されたの僕だからね』

「……は?」

『朝起きたらアリスが隣で寝てたの。で、おはよう、結婚しよ! って言われたんだよ』

「はぁ⁉」


 弾むようなノアの声にアランは自分の耳を疑った。アリスが……あのアリスが自らノアを襲うなどあっていいのか? いや、無い。それは絶対に無いはずだ。

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