番外編 戴冠式と結婚式4

「こ、これ……ノアの言ってた指環?」

「そう。はい、こっちはフィルから俺にはめてよ。俺の側にもフィルがずっと居るって誓って」

「……カイン……」


 魔力の交換が成功した事でもうカインの愛は揺るがないと分かっている。


 けれど、それで満足したフィルマメントと違ってカインはそれだけでは足りないようだ。フィルマメントはカインの手の平から指環を受け取り、そっとカインの指にはめる。


「綺麗……」

「ね。兄貴と妖精達にお礼言いに行こうな」

「うん!」


 妖精は見た目の美しさに惑わされない。物の本質を見抜く。この指環には沢山の愛情と想いが詰まっているようで、フィルマメントは思わず笑みを漏らした。


 指環を交換して式が終わると、カインがそっと差し出した腕にフィルマメントが手を乗せる。あちこちに配置されている音楽隊の曲に合わせて二人は沢山の拍手に見送られてゆっくりと歩き出して会場を後にした。


「はぁぁ……またもや眼福……」


 アリスは二人が出て行った扉を拝みながら言うと、シエラもオリジナルアリスも感激したように涙を浮かべていた。


「やっぱり指環はいいですね。私も戻ったらアリスに送りましょうか。ノアは?」


 シャルが拍手をしながら言うと、ノアは困ったように笑って首を振る。


「アリスがそこら辺の令嬢みたいに大人しかったら喜んで送るんだけどね。何せ野山を駆け回るのが趣味みたいな人だから、間違いなく三日もしないうちに失くすと思うんだよ」

「ああ……確かに」

「そもそもね、横恋慕してきそうな人居ないでしょ?」

「……言えてますね」


 そういう意味では大変安全なアリスである。はっきり言って浮気の心配は全く無いと言っても過言ではないだろう。


 だが。


「僕の心配はただ一つだよ。野生化しないでちゃんと毎日家に帰ってきてね、ってそれだけ」

「……嫌な心配ですね」


 シャルの言葉にノアも真顔で頷く。アリスの心配はいつだってこれに尽きる。


 こうして、ルイスとカインの結婚式はあまり派手な事はしたくないと本人たちも望んだように静かに終わった。


 けれど、翌日の結婚パレードでは本当は派手な演出をしたかったルカとロビン、そして妖精王の手によってとても大掛かりな物になってしまい、用意された馬車を見て四人が絶句したのは言うまでもない。



「こ、これに乗る……のか」


 初めてキャロラインと二人きりで過ごした甘い夜に浸っていたルイスは、用意されたパレード用の馬車を見て一気に目が覚めた。


 それはルイスだけじゃない。キャロラインもカインもフィルマメントでさえも、だ。


「カイン、フィル、飛んでもいい?」

「え、ズル! 違う、駄目! 我慢して一緒に乗ろうな? 一生に一回きりなんだから」

「い、嫌だ……恥ずかしい!」

「俺だって恥ずかしいよ! でも、飛ぶのは駄目。許さない」


 どこの世界に結婚式パレードで花嫁が飛ぶパレードがあるというのか。


 何よりもドレスで飛ぶなど言語道断である。これから飛ぶときにはフィルにはパンツスタイルを推奨しようと心に決めたカインは、嫌がるフィルマメントの手を引いて馬車に乗り込んで後ろの席を陣取った。それを見てルイスが慌てて乗り込んでくる。


「カイン! お前、何ちゃっかり後ろに座ってるんだ!」

「いや、そりゃそうでしょ。前は王様と王妃様に決まってんじゃん。何で一番目立つところに宰相とその嫁が座るんだよ。どう考えても変だろ?」

「いい! 俺はそういうのにはこだわらない!」

「いや、そこはこだわれよ。国民全員がお前とキャロライン楽しみにしてんだから、ほら大人しくキャロラインエスコートして来い」

「ぐぬぅ……」


 ルイスは唇を噛みしめて一旦馬車から降りると、まだ馬車を見上げて呆けているキャロラインの手を取った。


「キャロ、俺達はアリスだ」

「どういう意味?」

「このパレードの間だけあいつを見習おう。死ぬほど目立ちたがり屋なアリスならこの馬車を見てどんな反応をする?」

「喜ぶ……わね……」

「そうだろう? パレードの間だけ、俺達はアリスを演じよう」


 真顔でキャロラインにそんな事を言うルイスに、キャロラインは頬を染めて頷いた。


 唐突に蘇る昨夜の出来事に思わず照れたキャロラインを見て、ルイスまで何かを思い出したのか耳まで真っ赤にしている。


「おーい、そこの二人、イチャついてないで早くしてくれる?」


 二階建てに魔改造された馬車は真っ白で、何故か白鳥の羽を模した翼が付いていた。それだけでも何だか凄くダサいのに、ちょっと動くとその翼が動くという仕掛けつきだ。もう恥ずかしすぎて泣きそうなカインである。こんなもの喜ぶのはまず間違いなくアリスだけだ。


 馬車に全員が乗り込むと、ゆっくりと動き出した。その度に軋むような音を鳴らしながら翼は上下し、振動が座席にまで伝わってくる。


「これ、絶対設計ミスだろ!」

「し、尻が痛いのだが……キャロ、これを敷いておけ」


 そう言ってルイスはマントを脱いで小さく畳んでクッション替わりにすると、キャロに手渡した。


「え⁉ あ、あなたのマントに座るの? む、無理よ!」

「キャロの尻とマントだったら断然俺はキャロの尻の方が大事だ!」

「いや、あんまそういうのデカイ声で言うなよ……フィル、ほら俺の膝に乗っときな」


 ルイスの発言にドン引きしつつカインが自分の膝を叩くと、フィルマメントは顔を輝かせて横向きにカインの膝の上に座った。それを見てルイスとキャロラインが半眼で睨んでくる。


「お前、人の事言えんだろうが」

「そうよ。何ならそっちの方が恥ずかしいわよ」

「仕方ないだろ、俺はマントも何も無いんだから!」

「フィルはクッションよりカインの膝がいい!」


 ギャアギャア言い合いする四人を乗せて、馬車はゆっくりと城の門をくぐった。それと同時にラッパが鳴り響き、レインボードラゴンが一斉に飛び出した。その途端、物凄い歓声や拍手が鳴り響く。


 

「マジかー……あれは地獄だなぁ」


 ノアは少し離れた場所から二階建ての派手な白鳥馬車を見ていた。隣でキリが真顔で頷く。


「ですね。皆さん引きつってますよ。あのフィルさんでさえも」

「ダッサ。あれ考えたの誰? てか、翼動かす必要ある?」

「リー君、シッすよ! いや、でもあれは……凄いっすね」


 変な所にお金がかかっているな、と感心していたオリバーのずっと後ろからはしゃぐ女の人の声とそれを止める二人の男の声が聞こえてきた。


 どこかで聞いた声だなと振り返ると、そこにはアーロとエリザベス、そしてノア(ジョー)が居る。


「リサ、あまりはしゃぐな。君がはしゃぐとロクな事が起こらないんだ」

「そうだぞ、母さん。ちゃんと大人しくしてるって約束だろ?」

「だってだって! 見て、あのスワン号! 乗ってみたいわ……憧れだわ……」

「……」

「アーロさん、乗ってやってよ母さんと」

「……俺達が乗るのなら、もちろん君も乗るんだぞ、ノア」

「え⁉」


 アーロの言葉に引きつったノア(ジョー)にアーロは口の端を上げて笑った。


「当然だろう? 君はリサの息子なんだから。あれは家族で乗るものだろう?」

「い、嫌だ! 俺は死んでも乗らない! 母さん、スワン号は諦めて」


 三人の言い合いを背中に聞きながら、オリバーは目を細めた。どうやらリアンにも三人の会話は聞こえていたようで、小さく笑い声を漏らしている。


「上手くいったんだね、良かった」

「っすね」


 そんな仲間たちの前を馬車がゆっくりと通り過ぎていく。その時、一際大きな声が前方から上がった。チェレアーリのマリオだ。


「キャロライン様ー! ルイス様ー! おめでとうございます~~~~~!」


 その場でピョコピョコと跳ねるマリオに気付いたキャロラインは、身を乗り出して笑顔でマリオに手を振って声をかけている。それに感激したのか、マリオは馬車が通り過ぎてもずっと胸に手を当てて頭を下げていた。


「ルイス気付いた?」


 キャロラインが笑顔で手を振りながら問うと、ルイスは嬉しそうに頷いた。


「ああ! 皆来てくれているんだな」


 さっきからあちこちから声を掛けられ、下を見るとそこには今までお世話になった人達が至る所から手を振ってくれていた。


 チェレアーリのマリオを筆頭に、ザカリーとスタンリー、銀鉱山の鉱夫達にスルガとクルス。学園の教師たち、もちろんチャップマン商会のメンバーも全員揃っている。


 ジャスパーもレイも互いに手を繋いで仲が良さそうだ。オルゾ地方の三人も駆けつけてくれたのか、顔を真っ赤にして興奮した様子でこちらに向かって手をふってくれていた。何よりも驚いたのはグランのエドワードまでやってきていた事だ。


 馬車が進むにつれてさらに知り合いの顔をそこら中に見つけて、思わず嬉しくて微笑んだキャロラインは両手で顔を覆って、とうとう泣き出してしまった。


「幸せだわ……すごく幸せよ、ルイス……」


 ポツリと呟いたキャロラインを抱き寄せたルイスは、笑って言う。


「まだまだこれからだぞ、キャロ。幸せはまだ始まったばかりなんだ」

「ええ、そうね。そうなのよね……」


 感動して泣き始めたキャロラインを宥めながらルイスがさらに言った。


「あとな、キャロ。さっきからどの角度を見てもアリスが居るんだが、あいつはとうとう分裂をし始めたのか?」

「そう言えば……そうね」


 仲間たちの側を通り抜けた時、アリスはノアの隣で嬉しそうに手を振っていた。跳ねるマリオの隣にもアリスは居た。ザカリーとスタンリーの間にもアリスは居たし、鉱夫達に混じってやっぱりアリスは居た。その他の人達の側にも常にアリスが居たのを思い出してキャロラインは青ざめてルイスを見た。


 馬車はさほどのスピードは出ていない。追いかけようと思えばいくらでも追いかけられる。ただ、馬車が走る場所には全てロープが張られていて渡れないはずだ。それなのにアリスはどの角度を見てもそこに居る。


 怖くなったキャロラインがふと下を見ると、やっぱりアリスがニカッ! と笑ってそこに居るのだ。急いで反対側を見ると、やっぱりアリスは居る……。


「ひいっ!」


 何だか怖くなったキャロラインが思わずルイスにしがみつくと、ルイスだけでなくカインとフィルマメントですらそんなアリスに怯えていた。


 いつの間にかスワン号の恥ずかしさよりも、どこにでも居るアリスの恐怖に怯えていた四人のパレードは、こうして幕を閉じた――。


 後に四人はこの時の事をこう語った。


『一体どんな手を使ったのかいまだに分からないが、あれは本当に恐怖だった。何だかライラの、アリスは大地の化身だという言葉を唐突に思い出した。アリスは本当にどこにでも居るのかもしれない……』 


 と。

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