第五百三十話 学園からの帰り道

「兄さま来れないの?」


 アリスの卒業式には何が何でも来そうなノアなのに、生憎仕事の都合がつかなくて来れなかった。というよりも、卒業生なのにしばらく部屋を使っていたノアの方が異常なのだが、アリスはそんな事などすっかり忘れてしまっている。


「ええ。明日迎えに来るために何が何でも終わらせると息巻いてました。それに、どのみち卒業生は会場には入れません。来たところでお見送りするだけです」

「そっか。つまんないの。じゃあキリ、よろしくね!」

「……不本意ですが……仕方ありません」


 キリはそう言って自分も正装してアリスに腕を差し出した。その腕をアリスは掴む。


「……お嬢様、痛いです。そこは手を添えるだけでいいんですよ」

「いやぁ~何だろう。いつもの恨みが抑えきれないのかな⁉」

「……」


 そう言ってキリの腕をギュウギュウ掴むアリスにキリはゲンコツを落として、二人は会場に向かった。


 会場では既に高位爵位の人達の名前が次々と呼ばれていた。男爵家はアリスのみだ。


 ノアは皆に宣言していた通り褒賞に伯爵位をもぎ取った。そしてアリスは褒賞に一生分のお菓子を貰った。というよりも週に一度、自宅に城のオヤツが届けられるのである。それも一生! 素晴らしい褒賞だ。


 そんな褒賞をお願いしたアリスにルカは大爆笑していたが、仲間たちはやっぱりな、ぐらいにしか思っていなかったので、皆すっかりアリスに慣らされ過ぎている。


「あんた達何してたの? ギリギリじゃん。ていうか、すんごいドレスだね、それ……重くない?」


 リアンの言葉にアリスは渋い顔をして頷いた。


「重い上に苦しいの。兄さまってば、何でこんなドレス寄越したんだろう!」


 憤慨するアリスに何かを察したのか、リアンは一つ頷いてキリをチラリと見る。


「リアン様の考えている通りです。パーティーが終わるまで、お嬢様の見張りよろしくお願いします」

「何で卒業パーティーまで僕が面倒見なきゃなんないの!」

「まぁまぁリー君。どっちみちずっと近くに居るんだから」

「……うぅ、ライラまで……」


 こうやってきっと一生アリスのお守りをさせられるのだと悟ったリアンは、ライラに腕を差し出して歩き出し、会場前でふと振り返ってアリスに言う。


「いい? 名前呼ばれたら真っすぐ僕達の所に来るように! 分かった⁉」

「分かった! いってらっしゃーい!」


 笑顔で手を振るアリスを見ながら、リアンはスッと前を向いて歩き出した。そんな後ろ姿を見ながらアリスがポツリと言う。


「リー君、背、伸びたね」

「そうですね。最初の頃はお嬢様とあまり変わらなかったというのに」

「うん……皆、バラバラだね」


 ポツリと言ったアリスの頭をキリが撫でた。驚いてアリスがキリを見上げると、キリは珍しく微笑んでいた。


「またすぐに会えます。卒業パーティーですよ。そんな顔をしないでください」

「! うん!」


 キリはアリスの2推しだった。ふとそんな事を思い出したアリスは、満面の笑みを浮かべてキリの腕にそっと手を置いた。


 今のアリスの推しはノアだ。1推しは変わっても、今もやはり2推しはキリなのだ。


 卒業パーティーは案の定、皆の心配をしていた通りにアリスが途中で暴れだし、リアンとキリがキレてライラが宥め、皆で写真を撮りまくって幕を閉じた。


 何よりも嬉しかったのは、クラスの子達がもうアリスと毎日会えないのか、と泣いてくれた事だった。特にイザベラなど子供の様に泣いてアリスから最後まで離れなかった。


 そして翌朝。


 学園前でクラスメイト達と写真を撮ったアリスは、学園馬車にキリと共に乗り込んだ。


「ライラー、リー君! 皆も、またねー!」

「ええ、アリス達も気をつけて!」

「はいはい、あんたも気をつけてね」

「元気でなー、バセット!」

「あんま騒ぐんじゃねーぞー!」

「アリスー、また遊びにいらっしゃいねー!」


 次々に生徒たちから声をかけられ、アリスは笑顔で手を振る。


「ばいばーい! 皆、元気でねーー!」


 アリスはいつまでも馬車から身を乗り出して、皆が見えなくなるまでずっと手を振っていた。

 


 学園馬車が橋を渡り切り、アリスが鼻をすすりながら荷物を下ろしていると、聞きなれた声が聞こえて来る。


「アリス、卒業おめでとう!」

「兄さま! 兄さま~~~~!」


 その声にアリスは持っていた荷物を投げ出して、迎えに来ていたノアに飛びつく。スマホで毎日話をしていたけれど、実際にノアに会うのは一月振りだ。


 何だか妙に懐かしいような気がしてアリスはノアに抱き着いたままフンフンと鼻を鳴らす。ノアはいつだってローズマリーのいい匂いがするのだ。多分、ノアが愛用している虫除けスプレーの匂いなのだが。


「卒業式、楽しかった?」


 にっこり笑ってノアが問うと、アリスは一瞬顔を輝かせてすぐに俯いてしまう。


「どうしたの?」

「私……やっぱり留年すればよかった……皆と留年したかったよ~~~!」


 突然怪獣みたいな泣き声を上げたアリスにノアは苦笑いする。


 そんな声が一体どこまで聞こえていたのか、後ろからやっぱり自宅に向かう馬車に乗り込んでいたリアンがツカツカと怖い顔をしてこちらにやってきた。


「縁起でもない事言わないでよね! ほんっとにもう! 早く家帰ってご飯食べな。明日はお城のオヤツの日でしょ? 早く寝ないと寝過ごすよ!」

「はっ! そうだった! 兄さま、キリ、帰ろ! ご飯食べて寝るから!」

「……アリス……」

「お嬢様……」


 呆れた二人にリアンはフンと鼻を鳴らしてさっさと馬車に戻って行ってしまった。リアンはもうすっかりアリスのお世話は慣れたものである。


 ノアは自ら迎えに行くと言っていただけあって、馬車はどうやらノアが操ってきたらしい。


 アリスとノアは並んで御者台に上がると、ゆっくりとバセット領に向かって馬車を走らせた。


「アリス、卒業おめでとう。一回で合格出来て良かったね」

「うん! ライラとリー君がね、いっぱい勉強教えてくれたよ」

「そっか。やっぱりあの二人に頼んでおいて正解だったかな。そう言えば、年が明けたらすぐにルイスが王位につくって。どんな国になるか楽しみだね」

「そっか! それでキャロライン様、急いでるんだ!」


 昨日キャロラインは電話で、ドレスが決まらなくて困っていると言っていた。あれは戴冠式用のドレスを選んでいたのか! 


 何かに納得したように頷いたアリスに、ノアは首を傾げる。


 着々と進んでいる未来にアリスは思わず目を細めていつものように歌いだすと、隣でノアがそっと耳栓をしだす。


「これからもいっぱい楽しむぞー! 待ってろ、未来!」


 アリスは一しきり歌い終わって空に両手を上げて叫んだ。そんなアリスに隣でノアは苦笑いを浮かべ、後ろからキリの、程々に! という叫び声が聞こえてくる。


 もう目の前にはバセット領の森が見えてきていた。

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