第五百二十六話 皆で創る未来
もしもそんな化粧品が出回ったら、どれほど効果があると聞いても、たとえ聖女が使っていると言われても絶対に手を出したくない。
リアンが言うと、仲間たちは全員真顔で頷いた。そんな皆にアリスはしょんぼりと項垂れる。
「本当に何も変わらないわね。学園組は卒業するまで学生生活を心行くまで楽しんでちょうだい。私達は一足先に社会に出ているけれど、あなた達が卒業するまでには、もっとこの世界を住みやすく改善する事に尽力すると約束するわ」
キャロラインの言葉に卒業組は頷いたが、そんなキャロラインにリアンはゆっくりと首を振った。
「いいよ、お姫様。そんな頑張らなくてもお姫様達もせっかく手に入れた今を楽しんでよ。僕達が卒業してから頑張っても、全然遅くないでしょ」
「そうだよ! だって、私達チーム聖女だもん! 皆で楽しく未来を創るんですよ!」
「そうです、キャロライン様。だから私達が卒業するまでの間、色んな事を楽しんでいてください」
アリスとリアンとライラの言葉にキャロラインは感動したかのように顔を輝かせて頷く。
「あなた達……そうね。そうするわ。その為にはアリス、一度でちゃんと試験を突破するのよ? 留年なんてしないでちょうだいね」
「うえぇぇ……ライラぁ~! リーくぅん」
キャロラインの言葉にアリスはあからさまに顔を歪めてライラとリアンに泣きつく。そんな光景を見ながらキリは腕を組んで言った。
「やはり、リアン様とライラ様を仲間にしておいて良かったです。俺だけだったら、いつまでも卒業出来ないお嬢様を置いて先に領地に戻っていたかもしれません」
「それに関してはまだ恨んでるからね⁉ 他はまぁともかく、コイツの面倒押し付けられたのだけは、絶対に一生恨むから! ああ、何で僕はコイツと同級生なの⁉」
また自分の年齢をリアンが嘆き始めた所に、ホープキンスが呼びに来た。後はもう、飲んで食べて踊るだけだ。
旗色が悪くなったアリスが一番に立ち上がると、驚くホープキンスの腕を掴んで部屋を出て行ってしまった。
「お腹、限界だったんだね、アリス」
「今日は流石にオートミールクッキーも与えていなかったので」
「じゃ、僕達も行こっか。ホープキンスさん連れて行かれちゃったし、ルイス案内してよ」
「ああ! こっちだ」
頼られたルイスは意気揚々と歩き出す。そんな後ろ姿を不安げにカインとキャロラインが見守っていたのがおかしくて、思わず残ったメンバーは笑ってしまった。
王からチーム聖女の面々が勲章と褒美を貰って数カ月。
島の結界がとうとう全て解除された。外の世界でラルフ率いる王政の勢力が勝利したのだ。最後の教会との戦いでは、エリスとその仲間たちが大活躍をしたとアリス達は聞いている。
国交はまだレヴィウスが混乱状態なので再開してはいないが、王達は既に連絡を取り合っているようだ。
本当はそこにも手伝いに行きたかったアリスだが、如何せん学期末テストと被ってしまった為、ノアが許してはくれなかったのだ。
アリスは今回の学期末テストはどんな事があってもパスしなければならなかった。何故なら、次の長期休みにシャルルとシエラの結婚式がフォルスであるからだ。
二人がどんな想いでこのループを乗り越えてきたかを知っているだけに、仲間たちにとってもこの報告は嬉しかった。
「アリス、頑張って! ほら、この有名な曲の作曲家はだぁれ?」
「某、しっかり記憶していますぞ! この方の名前の中に猿が隠されていた事を! そう! ルートヒッヒ!」
「違うわ。ルートビッヒよ。アリス、覚えようとして動物の名前を紐づけて覚えるのは止めましょ」
「……なんでそんな絶妙な間違いすんの? もしかしてわざと?」
「……ねぇ、一発殴っても構いません?」
「止めときな、ベル。殴り返されるよ」
「でも! イラつきますの! もう夢にまで見るんですの!」
ノア達が卒業してしまい、アリスの家庭教師が減ってしまった事で心配したライラは、イザベラに声をかけた。
イザベラは頼まれればどうやら嫌とは言えない性格のようで、何だかんだ言いながら付き合ってくれるのだが、アリスの絶妙な間違い方に自分まで感化されそうで怖いイザベラである。
「おー、今回も頑張ってるじゃないか。あ、俺は言っておくが忙しいから付き合わないぞ」
そこへイーサンが大量の本を抱えてやってきた。その中に、良く当たる姓名判断、なんて本がある事に気付いたイザベラがそれを指摘すると、イーサンは何故か照れたような嬉しそうな顔をして言った。
「いや、それがまだ校長にしか言ってないんだが、実は俺結婚する事になって」
「な、なんですと⁉」
それを聞いて勢いよく立ち上がったのはもちろんアリスだ。キャラブレしたまま驚くアリスの眼鏡とハチマキを取ってやったライラが、アリスを座らせてイザベラに目配せすると、イザベラが何かを察したようにイーサンの腕を引っ張って座らせる。
「先生、お相手は? どこのどなたなんですの⁉」
「そうだよ! 先生、そんな浮いた話一個も無かったじゃん!」
「それは先生に失礼でしょ。先生もいい歳なんだから、お見合いとかしたんじゃないの?」
興味無さげに言うリアンに、イーサンは苦笑いを浮かべた。
「いや、お前が一番失礼だな。それがなぁ、まぁその、恥ずかしい話だが子供が出来てな? それで生まれる前に式だけでも挙げるかって」
「どえぇぇ⁉ ま、まさかの授かり婚!」
「で、で、先生、お相手は⁉ どちらのご令嬢なんですの⁉」
派手に驚いて仰け反るアリスと、イーサンに詰め寄るライラとイザベラにイーサンは頭をかいた。
「相手か? 相手はその……メアリーだよ」
「はぁぁ⁉ あんた、何手近なとこで手打ってんの⁉」
てっきりお見合いだろうと踏んでいたリアンは、流石に相手を聞いて驚いてしまった。まさかの教師同士の結婚に、嬉しい反面驚きを隠せない。
「な、なにがきっかけでそんな事に……」
顔を真っ赤にしてライラがイーサンを見上げると、イーサンは真面目な顔をして言った。
「お前達が戦ってただろ? その時にな、ふと思ったんだよ。大事な人に一応挨拶して回らないとなって。お前達の事はもちろん信じてたが、どうなるか分からないだろ? で、両親や兄弟、教師陣に挨拶周りしてて、最後にメアリーんとこに行ったんだよ。そしたらあいつ泣いててさ。何で教え子がこんな事しなきゃいけないんだって。ついこの間あの子達を送り出したばかりなんだ、って。まだ教えなきゃいけない事が沢山ある子も居るのにってな。それ聞いて恥ずかしくてさ。俺は自分の事だけを考えた。でも、メアリーはお前達の心配をしてたんだよ。俺はこういう性格だから、このままじゃ何か無機質に一生を終えそうだなと思って気付いたらメアリーに告白してた。言った後、俺が一番驚いたよ」
前からメアリーには好感を抱いていた。
だが、まさか土壇場でそれが恋愛感情だったなんて事に気付くとは思わなかったイーサンは、告白したあと泣きじゃくるメアリーを慰めながら、そのままなし崩し的にそういう関係になったのだが、そこは生徒には流石に伏せておいた。
けれど目を輝かせる女子達と違いリアンとキリの視線は冷たいので、時期などを考えて何となく事情を察していそうである。
「ま、まぁそういう訳だ。だから俺は今、生まれて来る子供の名前を考えるのに忙しいんだ。それじゃあな、勉強頑張れよ!」
そう言ってイーサンはそそくさと逃げる様にその場を立ち去った。
「おめでたいんだけどね、何だろう……」
「一瞬殺意が湧きましたね」
「ほんと、それ。僕達なんて誰にも挨拶出来やしなかったよね」
「はい。せいぜいアーサー様たちだけでした」
「僕も、父さんと母さんだけだったよ。それに比べて……ま、おめでたいからいっか」
机に頬杖をつきながらリアンは大きなため息を落としはしたが、イーサンのあんな顔を見たら、素直に頑張って良かったと思えるから不思議だ。もしかしたらずっと認めたくなかっただけで、リアンも立派なカップリング厨なのかもしれない。
この事に刺激を受けたのかどうかは分からないが、アリスが突然勉強に目覚めた。
とは言え、あのキャラブレは治らないし相変わらずではあるが、意欲が違う。その成果はありありとテストに反映され、一発で赤点を免れたのだ。
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